30. 舞台裏では
「何の勉強をしてるんスか、少佐」
「錬金術」
「…へ?」
壮絶を極めた宛ての書類提出権争奪戦を、有耶無耶の内に手にしたハボックは、驚きのあまりトレードマークの咥え煙草をポロリと落とした。
「錬金術って、あの国家資格の要る?」
「それ以外に何があるってのよー」
自分でもかなり間の抜けた問い掛けだと自覚しつつ、そう尋ねるハボックには気楽にパタパタと手を振って答えた。
「いやね、マスタング大佐を”無能、無能”と罵るからには、ちゃんとあいつの肝である錬金術の基礎くらいは知っておかないと」
「……そこまでして」
「私の生き甲斐の一つだし」
言い切るを前に、ハボックは思わず頭を抱えた。
見込みがないのは歓迎すべきことではあるが、ここまで来ると僅かな憐憫を誘ってしまう。
「それで理解は出来たんで?」
「うーん…一応基本は何とか。後は実践かな」
「基本が判るだけでもすごいっスよ。俺サッパリですもん」
「あははっ、まぁけっこう難しかったしねー」
明るく笑いながら、が席を立つ。手には白墨が一本。
手だけでハボックを後ろに下がるように制すると、空いたスペースには何かを書き始めた。
円と何かしらの図形、それに付随する文字とで構成されたそれは錬成陣。思いのほかスムーズにそれを書き上げ、仕上げとばかりにパンっと手を床についた。
小さく光る魔力の光とともにその場に現れたのは、木製の小さな人形だった。
「やった、上手く出来た!」
「おおー!! スゴイっスね」
出来上がったそれを手に持って小躍りして喜ぶ。ハボックは素直にそれを成し遂げた彼女に賞賛の言葉を発した。
「初めてにしちゃ上出来じゃないっスか?」
「そうね、そうよね! よーし、これで『錬金術のれの字も知らないくせに』何ていわせないわよッ!」
「…言われたんスか、大佐に」
「――無駄に悔しかったわー。でもこれで”れ”の字くらいは知ってる様にはっ!」
思わずハボックの脳裏に「五十歩百歩」と言う言葉がよぎったが、賢明な判断でその台詞をぐっと飲み込んだ。
まぁ彼女が喜んでいるところに水を差すほどハボックは無粋ではない。
「ま、少佐が嬉しいんだったらそれがいいっスよ」
「ふふっ、そうね。嬉しいわね。
あ、そうだ。この人形ハボック少尉にあげるわ」
「へっ?」
本日二度目のマヌケな台詞を発するハボック。そんな彼に気付いてるのかいないのか、は上機嫌のままこう続ける。
「記念すべき初の錬成物、立会人のハボック少尉にもらってもらいたいんだけど…ダメかしら?」
「……もしイヤだって俺が言ったら?」
「上官命令で引き取らせます」
「拒否権ないじゃないっすか、俺ッ!」
冗談交じりの口調で言うにハボックも思わずのって軽快に合いの手を入れた。
無論の申し出を断るつもりなどハボックには毛頭無い。
「いただけるってんなら、いただきますよ。若干名羨ましがりそうな人物を知ってますが」
「…私からってのは、伏せるようにね」
「へーい」
かなり真剣な目でそう言う彼女に、適当な感じで返答する。
実際それがの作ったものだと知ったならば、かの人物は何としてでもそれを譲るようにハボックに迫ってくるだろう。渡す気なぞ彼には微塵もありはしないが。
とりあえずその人形と入れ替えるようにして、当初の目的である書類を彼女に手渡して「それでは」といい背を向ける。
部屋のドアを明け、身体を外へ半分ほど出したとき、思い出したようにハボックは振り返りへ向けこう言った。
「また何かやるんでしたらお付き合いさせて下さいよ」
「前向きに検討しておくわ」
その言葉には微笑みで答えた。
END
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