009:かみなり
私は雷が嫌いです。
あの大音量だとか、落ちたらすっごい大惨事になる辺りだとか、派手派手な光とか、まぁその他もろもろ。痺れるのもなんだか恐い。
そんなこんなで私は雷が嫌いです。
だから――彼も嫌いなのです。
「ほーら、チミっ子たちー。朝飯冷める前に起きろー!」
「今日のご飯はなんだ?」
「僕今日はクロワッサン希望だよ!」
「ワゥワゥ!」
「クロワッサンとベーコンエッグ、フレッシュサラダと絞りたてフルーツジュースだ。
ほれ、とっとと顔洗ってきな」
『はーい』
朝のパプワハウスは慌しい。
家政婦――もとい、家政夫のリキッドが毎朝育ち盛りのチミっ子たちの希望に添った食事を用意しています。
栄養面も考えた、パーフェクトなブレックファースト。これは私も好きです。
「、お前も起きた起きた」
「むー」
「起きねぇと…バチっとイタイのが来るぜ?」
その台詞が言い終わるよりも早く、私は跳ねるようにして起き上がりました
そんな私の様子を見て、くつくつと笑いながらおはようといってくる彼――リキッドは、嫌いです。
リキッドの作るご飯は美味しい。お菓子はもっと美味しい。
海に流れ着いた私を拾ってくれたのは彼だし、居候させてくれたことは感謝しています。
でも、でも! 気付けの為とはいえ、バチっと電磁波はないんじゃないんでしょうか?!
それを知ってか知らずか。事につけて”バチっ”とを脅しに使う彼は、嫌いなのです。
私が島に流れ着いてから暫らく。初めての雨が降りました。
起きた時からシトシトと降り続ける雨に、私たちは何処にもいけず不満が募ります。
パプワ君たちはリキッド君を玩具にワイワイと楽しそうにしていますが、私はそれどころではありません。
なぜなら――私の大嫌いな、アレがこないようにずっと祈っていたからです。
夜の帳が落ちても、雨は止むことはありませんでした。
明日は晴れますようにとお天道様にお願いして、私は床につきました。
真夜中、眠りが浅かったのでしょう。私は目を覚ましてしまいました。
妙に冴えた意識を不可解に思いながら、再び眠りにつこうと寝返りを打ったとき――
がらがらがらがらっ!!!
「ひゃ――」
どこかに雷が落ちたようです。
圧倒的な音と光に、私の身はすっかり縮こまってしまいました。
尚も続く落雷の音。胸の奥がつかえ、目頭が熱くなってきます。
――泣いては駄目! こんな情けないところ…
私は必死でぎゅっと目を瞑って、意識を他へ向けようと努力します。
雷は怖い 雷は嫌い 雷は――
小さく震えていた私の手に、そっと何かが触れました。
暗闇の中ではよく判りませんが、何だかとても暖かいもの…
ピカリと閃いた稲光に、それが照らし出されました。大きな、男の人の手。
隣で寝ていたリキッドさんの手です。
「…どーした? 雷、怖いのか?」
いつものからかう様な口調とは違って、優しい声です。
その台詞が終わった直後に、再び雷鳴が轟きました。今度のはさっきのものよりも大きいものです。
私はその言葉を肯定するように、こくんと頷きました。
すると彼はもう片方の手で私の頭を優しく撫でました。
「大丈夫だ。そりゃ今はちょっとばかり派手な音だけどよ――いつかは止むから」
「――うん」
ゆっくりと震える私を宥めるその手は、とてもとても暖かくて。
ウットリと私は目を細めました。
「雷嫌いなんだな、は」
「どうしても…怖くって」
「んじゃ、俺のことも嫌いで当然か〜」
リキッドの声に、私はハッとしました。彼は気付いていたのです。
何だか落ち込んでいるようなリキッドの声を聴くと、何故かとてもとても悪いことをしているような気になってきます。
「えと、あの、その――確かに嫌いでしたけど…今は違いますよ?」
「マジ?」
「だ、だってリキッドさん――私が思っていたより優しいですし」
今度は私のほうからぎゅっとリキッドさんの手を握り返しました。
ちょっとビックリしたような彼の顔。30センチもない近さで見ると、何だかちょっと可笑しな気分です。
「だから――このまま、私がまた寝るまで手をつないでいてもらえませんか?」
「そりゃもう――いつまででも」
真昼の太陽のような笑顔で、リキッドさんは返してくれました。
頭のほうにあった手を肩に回して、ぎゅっと彼のほうに引き寄せるようにしてきます。
ちょっとビックリしましたけど、不思議と何だか安心できてそのまま抱き込まれるようにして目を閉じました。
雷の音は、もう気になりません。それよりも自分の心音のほうが大きいような気さえします。
どうかこの音が気付かれませんように、と思いながら私は意識を手放しました…
翌朝。まるで抱き合うように眠る私たち二人を見たパプワ君とロタロー君が、リキッドさんを逆さ釣りにしようとしたので必死でそれを阻止しました。
リキッドさん、ありがとう。もう雷や”ビリっ”とも大丈夫ッぽいです。
――でも、やっぱりまた雷が鳴ったら、そばにいて欲しいって思うのは…我侭でしょうか?
END
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