017:√


 とある村に、吸血鬼が現れた。
 村人は恐れ、畏怖し――教会へ退治を依頼した。
 しかし派遣された神父は、そのモノを「害なし」と判断し、立ち去った。
 それに納得できずに、勇気ある少女が自ら事実を確かめに、その吸血鬼の元へ乗り込んだ。
 そして――確かに害がないことを、少女は村の皆へ広めた。

 少女曰く。
「あんなのが吸血鬼で、しかも人を襲うってんだったら、この世の皆が吸血鬼よ」
 ――と。

 そして村には平和が戻った。



「…今では村の子供たちに石を投げられるほどよ」
「――ほんっっっっっと! ヘタレだよなー」
「ラース、少しは言葉を慎め」
「んだよ、ブラッドだってそう思うだろ」
「……まあ、思わなくはない」
「皆酷い言いよう…」

 溜息混じりに現状の報告をすると、相変わらずの傍若無人なラース、そして目線をそらせながらも同意するブラッドレーに、さめざめとバゾーは泣いた。
 あの事件以降、経過が気になったのか教会が再びラースとブラッドレーを派遣したのだが、彼らを待っていたものは能天気な村人の答えだった。

「あー、あの吸血鬼ね。おれ、初めて炎天下の中で農作業してるの見た時は笑ったね!」
「時々買い物にも来るのよねー。おどおどした態度がなんか可愛くって、よくオマケしてやってるよ」
「わしゃぁ長いこと生きとるがのぅ… 子供に追い掛け回されて、泣き喚く吸血鬼なんぞはじめてじゃわい」

 等々。見事に恐れられていないことが判った。
 件の吸血鬼の家を訪ねてみれば、先客が――一人の少女がいた。勇敢にも事の真相を確かめにいった少女、である。
 事情を聞けば、それ以来ちょくちょく吸血鬼の家に遊びにきているらしい。
 勝手知ったる何とやらなのか、が入れてくれたヒマワリ茶で咽を潤しながら、ブラッドレーは言う。

「それにしても…吸血鬼が彼だったから良いようなものの。
 君もあまり無茶をしてはいけない」
「はあ… でも、退治に来たのに、そうしなくても良いようなレベルの魔物なら、まあどーにかなるかなーって」
、何気に酷い事言ってない?」
「何言ってるのよバゾー。実際、あたしみたいな小娘に震えてたのはどこの誰よ」

 半眼で言ってくるに、バゾーは言葉に詰まった。事実そうなのだから、ぐうの音も出ない。

「でもまぁ…ブラッドの言うことも、最もだけどな。こんなのがいるほうが稀なんだから」
「そうですけどね。えっと…」
「ラースだ」
「そうそう、ラースさん。
 今日は教会からの再確認らしいですけど、バゾーが浄化されちゃったりする事はないですか?」
「んなもんはねェよ。こんなヘタレノーライフキング、浄化する体力すら勿体無い」
「だって! よかったわね、バゾー」
「うん」

 満面の笑みで言ってくるに、思わずバゾーも笑顔で返す。
 先程からひっきりなしに扱き下ろされているのだが、最早それに文句をつける気もないらしい。

「――。君は、怖くないのかい?」
「へ?」
「例え彼が… まぁあれだ。とことん弱気ではあると言っても、れっきとした吸血鬼な事は判ってるよな」
「一応は…」

 真剣な瞳で、ブラッドレーが訊ねる。もその視線を真っ向から受け止めて、コクリと小さく頷いた。
 緊迫する空気。バゾーはおろか、あのラースも横から何も言わず二人のやり取りを伺っていた。
 ふう、と息を大きく吐くと、続けてブラッドレーが言う。

「バゾーが血の誘惑に負け、いつ君を襲うかもしれない。そんな脅威を判っているのか?」
「…勿論」
「ではそれでも何故、君は――」
「うーん… 私は、神父様達みたく学があるわけじゃないから、難しい事は判らないですけど」

 眉間に皺を寄せ、顎に手をやっては唸る。
 一頻りそうしていたが、やがて考えるのを諦めたのか、誤魔化すような笑みを浮かべた。

「危険って判ってるから、側に居れないってわけじゃないんですよ。
 そう簡単に割り切れるようなことじゃなくて――
 バゾーが気に入ってるから…好きだからってのじゃ、駄目ですかね?」

 えへへ、と照れ笑いを浮かべながらは言った。
 その答えに毒気を抜かれたのか、ブラッドレーは目を丸くしたが、すぐに我を取り戻し――微笑む。

「それに、例え襲われたとしても、グーパンチで返り討ちにしちゃいますよ!」
「いや、本気の吸血鬼相手にその程度じゃ…」

 ぐっと拳を握って堪える彼女に、がくりと肩を落としながらブラッドレーが突っ込む。
 しかしそんな彼に対して、は指を振って否定すると、誇らしげに己の手を掲げ、指し示す。

「ふふふ、この手にしてる指輪見て下さいよ。ほら」
「お、十字架つきか。成る程、あのヘタレには効くだろうな」
「でしょー」
「…二人共なぁ」

 のんきにはしゃぐラースとに、ブラッドレーは本格的に脱力した。
 ふと己の隣を見れば、その光景をちょっと頬をひきつらせながらバゾーが見ていた。彼の肩にぽんと手を置き――

「よかったな」

 と、呟いた。
 その言葉にバゾーは、夜魔族らしからぬ穏やかな微笑を浮かべて言う。

「ああ。ほんと…よかった」
「彼女を――を裏切るなよ。その時は、俺がお前を…消す」
「そそそそそそ、そんなこと出来ないって!!!!」
「判ってるさ」

 粟をくって否定するバゾーに、その様子が可笑しかったのか思わずブラッドレーも笑う。
 だが先程の台詞の時のブラッドレーの瞳の奥にあった意志は確かなもので、バゾーは改めて彼女を大切にしようと決意を硬くした。

「あっ、ブラッドレーさん。バゾーを虐めちゃ駄目ですよ!」
「虐めてって… ラースじゃあるまいし」
「オイコラ、ブラッド」
「ラースさんも、ブラッドレーさんも。バゾーを虐めちゃいけません。
 彼を虐めるのは私の役目ですから!」
「何だそりゃ!!」

 えへん、と無意味に胸を張って宣言するに、思わず今度はラースが突っ込みを入れる。
 あんまりと言えばあんまりな彼女の台詞に、打ちひしがれる夜の王へブラッドは声をかけた。

「――何と言うか、あー… 頑張れ」
「はい……」

 しおしおの吸血鬼は、健気にそう一言呟いた。 

END


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