052:真昼の月


 吸血鬼がいるから、村の安全のために退治してくれ。そう教会に頼んだが、そこから派遣されてきた二人の神父は何故かげっそりとやつれた様子でこう言ってきた。

 あれほど無害な吸血鬼はそうそういない。退治するまでも無い。

 神父がいうのであればそうなのだろうと、村の大半のものがとりあえず納得した。しかし、中にはそうでないものも当然ながらいる。
 彼女――もそのうちの一人だった。

 白木の杭に、聖瞥された(という触れ込みの)十字架、ニンニク、銀の弾丸、聖水などなど。
 魔の者に効力があるといわれているものを片っ端から装備して、はボロ屋の前に佇んでいた。
 村から外れた場所にあるこのボロ屋に、件の吸血鬼は住み着いている。
 吸血鬼といえば、夜魔族の中でも王と言われる存在だ。その戦闘力・生命力はいうまでもないとして、よく言われるのは圧倒的な威圧感と存在感。
 夜の王として君臨するものであれば当然ともいえるだろう。吸血鬼とは恐れられるものなのだ。

 そう。恐れられるもののはずなのだ。
 だがしかし、の目の前にいるこのものは――

 麦藁帽とピンクの日除け布、農作業用なのか簡素で動きやすそうな服。
 そしてまるで怯えた仔猫のように赤い目を震わせている、土間にへたり込んでいる青年。
 村人の目撃談の特徴に合致している。間違いなく、この彼が吸血鬼なのだろう。
 この間違いなく、何の力も持っていない、ただの村娘であるに震えている彼が。

「――一つ聞くけど」
「な、何でしょう?」
「アンタほんとに吸血鬼?」
「一応は…」

 弱々しい答えに、は思わず眩暈を覚えた。



「とりあえず、アンタの名前は?」
「バゾーっていいます」
「どれくらいからこの辺にいるの?」
「うーん… 俺が生まれたのがこの土地で、それからずっと… 兎に角沢山」
「うちの村人を襲った事は?」
「今はそんなことやってないよ」
「……んじゃアンタ一体何を主食にしてるのよ。基本的に吸血鬼って血がご飯なんでしょ?」
「確かに血を飲んだほうが身体にはいいけど、別に死ぬわけじゃないし。
 最近は向日葵の種かな? 生気が詰まってるし、炒ると香ばしくて美味しいんだ」

 にぱーっと邪気の無い笑顔で答える目の前の吸血鬼に、は本日何度目になるかわからない溜息をついた。
 成る程、あの二人の神父が言った事は、あながち間違いではなかったわけだ。こんなのに人を襲えるほどの根性はない。ですらそう思う。
 大体、目の前に例え対魔物用武装(しかも効果も怪しい民間伝承バージョン)をしたとはいえ、若い女性がいるというのに、襲うどころか「まぁ折角来たんだしお茶でも」と言う夜の王が、何処にいるというのだろう!
 
「…真昼の月って言うのがあってさ」
「うん?」

 突然何の脈絡も無い話題を振ってきたに、疑問符を浮かべながらもバゾーは愛想よく相槌を打つ。

「月って言うのは夜に現れるものでしょ? だから真昼に月が現れるって事はないのよ。
 月齢の関係上、朝方や夕方に白く空にあることはあってもね」
「うん。そうだよな」
「総じてありえないこと――と言う意味らしいんだけど。
 私にとって、今それは目の前にいるアンタね」
「えっ!? 何で!」
「何でとかいう??!
 真っ昼間に畑を耕したり、血を吸わない吸血鬼なんて初めて見るわよ!!」
「世界は広いんだから、一人くらいはまだ…」
「いない! ぜーったいアンタほどのヘタレな吸血鬼はいないわよッ!」

 完全に言い切ったに、バゾーは再び涙目で彼女を見上げた。立場が完全に逆転している。

「…まぁ確かに、あの神父様たちの言う事は間違いじゃなかったわけよね。
 私だって、アンタみたいなヘタレノーライフキング、怖いなんて思わないもの」
「ううう…」
「今日で随分と印象が変わったわよ、吸血鬼に対してのイメージ。
 まぁ私から村の皆には話をつけとくから。追い出されるようなことはないと思うわ」
「ほ、ほんとに!?」
「ええ。何かねー…アンタを追い出したら、私の方が悪者みたいだし」

 ふっと、哀れむような視線をバゾーに送るが、彼は気にすることもなく感謝に表情を輝かせていた。

「とりあえず、お茶ご馳走様。そろそろ帰るわ」
「あ、うん。何のお構いも無くって――」
「…吸血鬼に接待される人間ってのも、そうそういないでしょうねー」
「そうかな? あ、そうだ!」

 外へ出ようとするを声で制する。も何?と振り向いて答えた。

「名前―― 俺、まだ君の名前聞いてないよ」
よ」
、か。なぁ…また来てくれるか?」
「そーね… 美味しいお茶をまた入れてくれるならね、バゾー」

 の答えにバゾーは実に嬉しそうに返事を返した。

「ああ! 楽しみに待っているよ!」

 そんな彼に思わず苦笑して、は手を振ってその場を後にした。
 

END


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