054:子馬


 パチリ、と火が爆ぜる。炎が照らす光が、闇夜をぽっかりとくりぬいたようにあたりを包んでいた。
 明かりを絶やさぬよう、時々セラは陽が沈む前に集めていた乾いた小枝を焚き火にくべる。ふと上空を見れば、背を預けている大木の枝葉が見えた。立ち上る煙はそれらに拡散され、帳の中に放たれているのだろう。冬の季節はまだ先とはいえ、火の存在なしに野営を迎えるには少々厳しい季節だ。

「…セラ?」

 炎の向こう、そっと上体を起こす影が揺らめく。それは眠気を振り切るように二三度首を横に振ると、ゆっくりと立ち上がった。

「起きたか、
「うん。もうすぐ交替だよね」
「ああ」

 体温を逃がさぬように被っていたうす布を手に、彼女――が近付いてくる。セラはそんな彼女に一度だけチラ、と視線を向け、また直ぐに焚き火へと戻した。
 神経が太い者が多いのか――最も、そうでなくては冒険者などというヤクザな商売は出来ないだろう――パーティの中でおきているのは現在この二人だけである。残りの二人、デルガドとルルアンタは起きる気配などピクリともない。
 そんな彼らを起こさないようにだろう。そっと足音を立てずに気を配りながら、は何を言うでもなく、彼の隣に座る。彼女もまた同じように炎を見つめた。

「――夢をね、見たんだ」

 ぽつり、とが呟く。セラはそれに対して何も告げない。
 沈黙を続けろという了承に受け取ったのか、はたまた端から独白するつもりだったのか。はなおも言葉を続けた。

「まだ小さかった頃。兄さんが冒険者になって直ぐかな… それに憧れて、私も色々チャレンジしていたんだ。魔術はその頃から駄目だったけど、だったら剣で頑張ろうって思って、乗馬とかもやってみたの」
「……」
「そしたらね、これまた見事に落ちちゃって! 子供だからって、父さんが子馬に乗せようとしたのも不味かったんだろうけど…アレは痛かったなぁ」

 当時の事を思い出しでもしたのか、はくすくすと笑う。
 ぱちん、とまた枝が爆ぜた。夜風が枝葉を揺する音が響く。ザワザワと心をやけに揺さぶる音色だ。

「――兄さん、大丈夫だよね」

 の声は少々くぐもっていた。眉をひそめつつ、気取られない程度に視線を横にやればは顔を立てた膝と腕の中にうずもらせている。
 ――泣いてはいまい。瞬間的にセラはそう断じた。
 彼女の心は、生まれ故郷の壊滅という痛ましい事件で折られた。しかし、そこから這い上がろうとしたのは紛れもなくの意思である。
 なによりも――

「――俺が認めた唯一の男だ。そう簡単にくたばるわけがない」

 彼女はそんな親友の妹だ。そう簡単に諦めてもらっては困る。

 セラの短い言葉に、は暫しの間をおいて小さく頷いた。そして次の瞬間には先刻の塞ぎこんだ様子など跡形もなく、晴れやかに笑う。それにつられたように、セラもほんの僅か口角を吊り上げた。

「…交替だ。それを寄越せ」
「あ、うん。ご苦労様」

 上掛けを受け取り、の隣を発つ。受け取ったそれはまだ温もりが残っているのか、仄かに暖かい。
 先ほどまでが横になっていたところまでくると、ごろりと横になる。目を閉じ、意識を沈めようとしている最中――

「――お休みなさい、いい夢を」

 そんなの声が耳に入って来たような気がした。

END


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