空白/退屈/酒


 時は平成、世は太平、場所は日本国。
 そこに集うは陰陽師・神主・坊主など、集いも集ったアヤシサ大盛りの住人達。誰が呼んだか『拝み屋横丁』
 ドンとコイ超常現象、奇人変人オンパレード。そこには『何事も無い』日常などなく、常に何処かで何事か起こっている。
 この界隈で最も名が知られているのは大家の文世氏であろう。その他に常に騒動の中心にいる三爺こと北見・米倉・高田。そして小説家の東子に居候中の幽霊平井。更にプラスして徳光と彼に愛を捧げるエンジェル。彼らに共通する事は――良くも悪くも退屈が嫌いであるということだろうか。
 今回紹介する話は、そんなお祭り騒ぎ大好きな人々が巻き起こした、良くある日の一光景である。


 その光景を目の当たりにした文世は、とりあえず眉間に血管を若干浮き彫らせた。
 漂うアルコール臭、人と幽霊が入り混じって繰り広げられる宴会芸、そこかしこで鴇の声をあげる酔っ払いども――横丁のとある路地裏に繋げられたい空間への入り口をたどってみると、そこは盛大に繰り広げられる宴会のただ中へと繋がっていた。
 騒ぎの真ん中にいるのは、いつもの面子といえばいつもの面子であった。酒瓶片手に幽霊たちをたきつけている東子もいるし、視界の端では絹代を追い掛け回している三爺の姿がある。徳光とエンジェルが愛の行方を巡ってもはや恒例と化しているデスマッチを繰り広げ、その脇でケラケラと笑いながら煽りを入れている見慣れた横顔があった。

「――さん?!」

 慌てて彼女のもとへと駆け寄る。途中、ゴロゴロと転がる酒瓶に若干の不安を覚えつつも、足を速めた。だが、まるでその不安を裏付けるかのごとく彼女に近付くにつれ酒精の匂いが強くなる。
 間近に迫れば彼女が相当数呑んでいる事は明らかだった。元よりほんのり桜色の頬をしてはいるが、今回にいたっては明らかに耳から首元まで真っ赤に上気しており、目元もどことなくとろりと溶けている。

「あー、おおやさんだぁ! 一緒に呑みましょうよー」

 えへへー、と若干呂律の回っていない口調では一升瓶を差し出してくる。彼女の手元にもバッチリと呑みさしの一升瓶があり、近くにはグラスがあった。
 いい若い女性が手酌で日本酒ですか、と突っ込みを入れたくもなったがなによりも先にこれを言っておかなくてはいけない。

「――さん、貴女まだ未成年ですよね」
「えー、でもー、これは般若湯だからのんでもいいってー」
「…………誰ですか、それを言ったのは」
「とくみつさんですー」

 これまた言いたくい事は山ほどあったのだが、とりあえず文世は徳光の今月分の家賃を三倍増しで請求することに決めた。
 しかし般若湯だからと言ってあっさり納得するである。後々正気に戻った際によく言い含めておかねばなるまい。
 今回の宴会に以外に未成年者で巻き込まれたものはいないようであるので、取りあえずは彼女の回収を行うべく文世は彼女に声をかける。

「さあ、こんなまみれの宴会場に貴女がいてはいけません。一緒に帰りますよ」
「ええー、せっかくたのしいのにー」
「駄目です。後数年すればいやでも呑む機会はありますが、今はいけません」
「うーん… それじゃあ、おさけがのめるようなとしになったら、大家さん一緒にのんでくれますかぁ?」

 じっと、見上げるようにしての視線が文世に向けられる。
 着物の袖を引っ張りながら、どこか幼さが残る表情をアルコールで染めて、それでも素面の時と同じように真っ直ぐに瞳を合わせてきている。
 彼女の言葉に一瞬だけ文世は息を飲んで――掴まれていないほうの手で、そっと彼女の頭を数度あやすように叩いた。

「そうですね、その時は美味しい逸品を一緒に頂くのもいいでしょうね」

 その回答を聴き、パチパチと何度か瞬きをは繰り返す。
 内容を理解しきった後、満面の笑みを浮かべ、立ち上がる勢いのままはっしと大家の胸に飛び込んだ。
 意表を突かれた状態になった文世はそれでも僅かによろめいただけで、何とか彼女の暴挙を食い止める。

「ちょ、ちょっと――さんっ?!」
「うれしいですっ! すごく、すごくたのしみにしてますから!」


 その後。盛大に宴会に参加していた者達からその光景を冷やかされたりだとか、にアルコールを摂取させた首謀者の徳光が文世に説教攻めにあったりだとか、案の定二日酔いになった彼女の記憶がお約束的にまるっきり空白であったりだとか様々にオチが付いたわけであるのだが――それもまたよくある光景として、横丁の一つの出来事として集束していったのだった。
 ただこの出来事以来、文世が名酒に興味を持ち始めた事を知る者はまだ少ないことを追記しておこうと思う。

END


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