トリップ夢 三成ED妄想 2010/10/05(Tue) 04:41
書きたい部分だけ書いた。反省はしていない。
キス描写あり。主人公は「恵理」です。
 

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 案内された部屋の襖を明ける。行灯の光りに照らされ、ポッカリと闇が刳り抜かれているその空間の中央に、2組の布団が敷かれている。思わずスパンッ、と思い切りよく襖を閉めた。
「…何をしている、貴様。早く部屋に入らぬか」
「あ、うん。えーっと…もうちょっと待って下さい」
 怪訝そうに眉をひそめる男に、恵理は戸惑う気持ちを抑えるため2度その場で深く呼吸した。
 襖の取っ手に再度手をかけ、意を決して再びそれを横へとずらす。無意識のうちにぎゅっと固く結ばれていた瞼をそろそろと開けるも、残念ながら結果は変わらず、布団は二組仲良く揃っている。見間違いかも知れないという淡い希望は、あっさりと打ち砕かれた。
「なーにーこーれぇーー」
「寝所だ。床に就く前から寝ぼけでもしているのか」
「それくらいは流石に判るよ! でもどうして二人分――」
「何のために私がここまで案内したと思っているのだ。半兵衛様からもお前の護衛も兼ね、同衾せよと命じられている」
「いやいや、護衛とかいらないでしょ。私にそこまでする価値はないって」
「貴様の価値を決めるのは貴様ではない。秀吉様がお認めになられた。それで十分だ」
 きっぱりと迷いなく言い切る三成に、返す言葉もなく恵理は黙することしか出来なかった。
 崇拝、などという言葉では生ぬるい。既に狂信の域に達している彼の認識もそうだが、あの太閤殿が己にそこまでの価値を見出しているということが信じられない。
 恵理はただの異邦人だ。少なくともそう自分では思っていた。
 だが、織田勢や四国の鬼がそうであったように、この世界ではまだ知られていない事柄を<常識>という非常識さで覚えている恵理という存在はどうやら稀有と言っていいものらしい。
 魔王や覇王に取っては、恵理の知識は天下――ひいては海の向こうの異国へその手を伸ばす事となった際も見据えているようだ――を手中に収める為に抑えておきたいようだ。 今までその実感はなかったが、露骨に誘拐されてみたり手厚い保護を受ければ否が応にも自覚せざるを得ない。
 だが、それとこれとは別問題だ。男女の価値観もおそらくはこの時空と恵理の世界とでは異なるのであろうが、流石に互いに年頃の男女が同じ部屋に二人きりで眠れ、と言われるのは承諾しかねる。
「……部屋を別にするとか」
「不許可だ」
「せ、せめて部屋の端と端――」
「駄目だ。万一賊が侵入してきた場合、咄嗟の対応が乱れる」
 恵理なりの譲歩案を出すも、一刀両断に棄却されてしまう。取り付く島もないとはまさにこのことである。
 それどころか、呆れるような眼差しで彼は少女を見やる。
「それとも――貴様はこの私では不満だというか」
「い、いやいやいやっ! そう言うことではなく…」
「ならば問題はあるまい。明日も早いのだ。さっさと床に付け」


***
「――ってことがありましたけど、三成さん覚えてます?」
「…………」
 奇しくもあの時と同じ部屋、同じ時間、そして同じシチュエーション。大阪城のある一室、用意された布団の上で足を崩し、閉じられた襖の向こうにいるであろう人物に語りかける。
 話題に対して反応もないが、気配だけがひっそりと佇む。男は無言を貫いているが、そんなことは気にもせずに恵理は感慨深げに言葉を続けた。
「あの時はまだ佐吉くん、でしたね。月日が立つってのは凄いですよねー。家康くんもそうですけど、よくまあ伸びたものだと」
「五月蝿い、黙れ、早く寝ろ」
 家康を未だ目の敵にするためか、彼の話題を出した途端にまるで鐘を打つかのように声が返ってくる。それ自体は予想出来ていたので少女はさらりと受け流す。
「はーい。じゃあ三成さんも部屋に入りましょうよ」
「……ここでいい」
「護衛だから同じ部屋で寝なければいけないっていったのは三成さんですよ?」
「――ッ」
 恵理の台詞に反応してか、襖越しに三成の同様の気配が伝わる。数瞬の後、ようやく襖は開いたが、案の定三成の表情は苦虫を噛み潰している。
 かつて己が発した言葉までは撤回できなかったのか、明らかに渋々とした表情である。それが態度にも表われてか、三成にしては珍しく粗野な仕草で一歩寝所へと足を踏み入れ、襖を背もたれにでもするようにどっかりと腰を落とした。
「三成さーん、遠いですよー。ほらほら、私の隣あいてますよ。
 万一の対応が遅れるんじゃなかったでしたか??」
 その反応がまるで思春期の子供のようで、思わず恵理は追い打ちをかけるようにぽすぽすと隣りの空の布団を叩きながら言葉を続ける。
 無論ワザと炊きつけるように言っているわけだが、三成の表情は眉間のシワが進行形でドンドンと深く刻まれている。少なくとも、今の彼は恵理よりも年上のはずなのに、この反応ときたらまるで思春期少年のそれだ。
 初見の頃は男女の機微など知ることもない朴念仁だったが、今はどうやら多少理解しているからこそ強く出れない甲斐性なしくらいまではレベルアップしているらしい。精神の成長が5年から10年単位でずれ込んでいるが。
「身体は成長したってのに、中身はあんまり育ってないね」
「――貴様も変わらないだろうが」
 どうやら思わず声にしていたらしい。ポロリと零した言葉に、渋面の三成がこれまた小さく答える。
 恵理が一見成長していないように見えるのは、ある意味不可抗力と言えよう。何しろ初めての出会いが、この戦国世界の過去の時間軸だったのだ。
 なんだかんだとあり、豊臣軍の庇護から抜けた後、再びであったのが家康が秀吉を倒そうとするまさにその時だったのだから。
 恵理にしてみれば数ヶ月、彼らにしてみれば数年の隔たりがあれば認識にも相違があってしかるべきである。
 結果として死すべき運命であった秀吉は、前線にて戦う力こそなくなったものの、命だけはなくすことはなかった。今は表舞台から身を引き、この大阪の地で静かな日々を暮らしている。世間的には大病を患ったための隠居、という触れ込みである。
 天下は豊臣から徳川へと緩やかに移行しつつあった。戦国の世における下克上の最たる体現者は、徳川の全国統治を事実上黙認し、憑物でも落ちたように粛々と過ごしていた。
 恐らくは、だが。かの第六天魔王の復活とその封印にあたり、己が何故戦うことを選んだのかを思い出したのだろう。魔王に蹂躙される人々を救うため、そのために力を欲した。力を手に入れ、魔王を一度は退けた時――手段と目的が入れ違った。
 力を手に入れるために日の本を、果ては世界を制する。その在り方はあの魔王と変わりない修羅の道行だ。
 しかし彼の片腕が没した後から始まったその歪みは、今はもう正されている。――また彼自身の死から始まった歪も。
 家康への復讐の念に縛られていた三成も、秀吉が生きていたという事実の前に、その暗い情念をこじらせることもなくなった。長宗我部や島津のように、彼の身を案ずる者も増えた。
 人は変わる。良くにも悪くにも。
 三成は変わった。では自分は――?
 この一年、現代と仮想戦国とを頻繁に行き来し様々人々と出会って別れて、それを通して少女の内部にどのような影響を及ぼしたのだろうか。
「…これでも、ちょっとは成長したと思うんだけどなあ」
 少なくとも、生きるために考え続けるようになった。1年前の自分が今の自身を見れば、目を見張る程度には。
 現代の安寧さに浸りただ流れる日々を横目に観るのではなく、人生という激流に攫われぬよう足を踏ん張り、腕でかき分け、思考を総動員して目的の場所を目指す。今はまだ、溺れているのと変わりない有様だろうが、それでも抗うことを覚えただけでも成長したほうだと思っている。そこで満足する気などは今更起きもしないが。
「そりゃね、孫市さんみたく色気も才気も兼ね備えるってのはまだまだだけど」
「孫市とお前ではその中身を推し量る秤が違いすぎて、比較の対象としてはふさわしくない。貴様の価値は貴様が決めることだ」
「……ふぅん」
 男の言葉に、ニヤリと恵理は笑う。
「三成さんのものさし、変わったんですね」
「――貴様は本当にどうでもいいことばかり覚えているな」
「そう返して来るってことは、三成さんだって覚えてるってことですよね」
 からかうつもりでいった台詞だったが、その反応は恵理の予想外のものだった。
「貴様が……そうさせたのだろうが」
 ひたり、と少女と目を合わせ、囁くように声を漏らす。小さいはずのそれは不思議と恵理の耳にも届き、思わず僅かに身を引いた。
「…え? な、何かやらかしてますか??」
「復讐に狂った私の目を覚まさせたのは、お前の行動だ。
 貴様が秀吉様のお命を救い、第六天魔王に立ち向かうための活路を見出し――私の中の価値観をことごとく打ち崩した」
 近づくことを拒んでいたはずの三成は、言葉を吐くごとに徐々に恵理との距離を詰めていく。言い知れぬ不穏さを感じ、恵理も逃れるようにズリズリと後ろに下がるが、程なく壁がその行く手を遮った。
 マズイ、と思ったのもつかの間。進路を変える暇も無く、轟と風が逆巻く。突風は行灯の火をかき消し、少女の両頬をすり抜け壁に突き当たる。その正体は、恵理の両脇に下ろされた三成の腕だ。
 壁と三成とに挟まれ、身動きが取れなくなった少女の耳元に口を近づけ、男は冷ややかに、そして何処か熱を孕んでこう告げた。
「――私をこうまで変えた責任はとってもらうぞ、恵理」
「え、えっと… 具体的には??」
 蛇に睨まれた蛙とはこのような心境だろうか、と思考が現実逃避をしようとするのを何とか堪えつつ、恐る恐るといった風に恵理は問う。
「私の傍から離れるな。いつも目の届く範囲にいろ。そうでもないと貴様が何をしでかすか予測がつかぬ故、余計に気を揉む。それでなくとも貴様の周囲には小煩い輩が多い。
 いっそ斬滅でもしてやりたいが、貴様は止めるだろうからそれなりに堪えもしよう。だが貴様が一番気にかけるべきはこの私だ。私だけを見ていればいい」
 …プロポーズを通り越した亭主関白宣言経由して、やっぱり告白に戻ってきた!!
 ぐらり、と眩暈を覚える。頭痛も併発しながらも何とか諸悪の根源の様子を探れば、案の定何も判っていないようで真顔のままじっと恵理を見つめている。
「……あのですね、三成さん」
「なんだ」
「…それは、プロポーズか何かですか?」
「南蛮語を使うな。日の本の言葉で言え」
「あー、えー、それだと生々しくなるんですけど……
 言い直しますと、その――三成さんは私に求婚でもしているかのような、お言葉だったなあ…と」
「――ッ」
 ぼん、と音でも立ちそうなほどに三成の表情に一瞬にして朱が差す。頬と言わず、耳や果ては首元まで。元々が白いからこそ、その変化が著しい。
 言葉よりもあまりに雄弁な反応に、さしもの恵理も驚きを隠せない。
「あ、自覚なかったんですか。てことは本音?? どれだけ無意識!?」
「五月蝿い黙れ! さっさと返事だけよこせ!!」
「今っ?!」
「今だ。後日などになれば私の身が持たん!」
 強引なのか根性なしなのかどっちなんだ。そう突っ込みたいが、さすがにそれを言えるほど空気読人しらずではない恵理は、パクパクと今更ながらに酸素を求めて口を動かす。
 行灯の火は入り込んだ風で消えてしまっているので、互いの顔色までははっきりとは見えない。それでも押し倒されたこの状況であれば、漏れいる月明かりによって瞳に宿る熱程度であれば読み取れた。
 常であれば金属めいた三成の冷眸には恵理が初めて見る焔が宿っていた。復讐の憎念のような青白いそれではなく、命と感情が正しく燃える赤い色である。
「それとも――貴様はこの私では不満か?」
 隠しきれない彼の感情が、眉根によってシワを作っていた。じっと恵理を見据えるまなざしには、熱い情念の炎が不安気に揺らめいている。
「……その言い方は、卑怯です」
「私は可か否かを訊いている」

「…可、です」
「――私で、いい…のか?」
「自分で言い出しておいてなんですか、もう!
 三成さんがいいんです。そうじゃなかったらこんな恥ずかしいこといいませ――」
 台詞の途中だったが、それ以上恵理は続きを言うことが出来なかった。三成の唇が言葉ごと恵理のそれを奪う。無防備に半開きだった口の中には、電光石火の早業で侵入してきた男の舌が少女を求めて口内を這い回る。
 反射的に身を引いても、恵理の背には退路を塞ぐ壁が存在していて、なんの気休めにもなりはしなかった。せめて首を捻って逃れようと試みても、それを察した男の手が、その細腕からどこからと思うほどの力で少女の顔の位置を固定する。
 奥に引き篭っていた恵理の舌を探り当てると、三成はそれを引きずりだそうとするように執拗に絡め合わせてくる。もう随分と口を塞がれているせいか、独特と心臓が大きく波打っていた。血のめぐりが増大し、耳の中でこだましている錯覚すら覚える。
 息苦しさからか、それとも別の何がしかなのか。眩む意識を支えようと手近なモノ――三成の背に縋りつくように腕を回す。合わさったままの唇同士は満足な息継ぎを許してくれず、酸素を求めるようにいつの間にか恵理からも三成の舌に己のそれを差し出していた。
 跳ねるような鼓動の音と、密やかな水音が耳の中でうわんうわんと響いている。クラクラと眩暈すら覚え始めた頃、ようやく三成の口が離れ、呼吸の自由を取り戻した。ドッと入り込む新鮮な空気に思わず恵理は咳き込み、へたりこんでしまう。
 そのままズルズルと壁にもたれかかるようにして、畳に座り込む。ぺたりと足を崩し、何とか上半身だけは壁を支えにして姿勢を維持させた。膝が崩れ落ちる、という感覚は何度かあったが、今回のものはどこか性質が違う。放心しているのには違いないが、恐怖からではなく未知の感覚からだった。今もなおその得体のしれない何かは恵理の体の奥でチリチリと燻っている。
 頭がぼんやりとしている。うまく働かない。力を入れても足は動かず、腕もだらりと力なく肩から垂れ下がるだけだ。
「――恵理」
 名を呼ばれると同時に、すっと顎を持ち上げられる。どうやら無意識のうちにうつむいていたらしい。されるがままに上向いた視界の先には、ギラギラと強い光を目に宿した男がいた。狂気のそれではない、情念の光。欲の焔だ。それがどうにも眩しくて、思わず瞼を閉じた。
 するとそれを了承の意とでも取ったのか、覆いかぶさるように迫る男に再び唇を塞がれる。先程のように性急ではないが、しかしより深いところを探るように角度を変え何度も口を吸われた。
 まるで三成の舌を無理やり食わされているようだ、とぼんやりと思っていたが、それも僅かの間だった。彼と己の舌が混ざり、粘液の交換をするごとに、そんな僅かな思考の余裕すらも蕩けてゆく。そこまで進んでしまえば、あとはもう互いに互いを貪るだけだった。