アニキは天然たらしだと主張する会会員です。 主人公名は「恵理」 友情出演は権現様。
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「――ワシは、豊臣の使者としてきたんだ」 眉をハの字に下げ、済まなそうに笑う少年に、鬼はわずかに言葉を詰まらせた。 「お前が豊臣に下ったことは知ってはいたがよォ…… 相変わらずあの野郎は人の弱いところを付くのが上手ェな」 「こちらの要求は、判るか?」 「まァ、予想はつく」 「――そちらの客人、高坂恵理殿を我らが召し上げる」 「それにホイホイとこの俺が頷くとでも思ってんのか?」 「思ってないからこそ、だろうな」 「あァ…… 断れば四国に兵を進める理由として出てくるだろうよ。だが、仲間を差し出してまでアイツらに従う理由なんざ何処にもねェッ!!」 「いやいや、ちょっと待ってよ元親さん!」 「先生ッ、アンタは引っ込んで――」 「やです。だって私の身柄をどうするかが揉め事の根っこなんでしょ? 私が行くって意思を示しているんですから、それを考慮してくれませんかね」 「だが――それだと俺の気が収まらねぇんだよ…!」 「ダメです。私一人と、四国のみんな。どちらを選べばいいかなんて、国主ならわかってますよね」 「――ッ」 恵理が正論を突きつければ、元親はそれ以上の反論する余地がなかった。感情は納得出来ていないが、理性が恵理の言い分を正しいと認めてしまったのだ。 直情型と評される元親だが、国主としての能力があってこそ四国平定を成し遂げている。合理的な考えは彼の長所である。だからこそ恵理もその知識を重用され、今まで彼の側で大きな不自由もなく無事に過ごせた。 恵理はそのことに感謝をしているし、今まで口に出したことはないが恩義も感じている。風に乗って彼女の存在が豊臣に嗅ぎつけられ、そのことが弱みや戦の口実になるのだとすれば、恵理の取るべき行動は一つだった。 口を尖らせ、唸るように恵理を睨みつける元親。まるで子供のような仕草の鬼に、恵理は悪戯っぽく笑んだ。 「――それに、勝算はあるんです」 「…なん、だと?」 密やかに告げられた言葉に、元親の片目が見開かれる。 「――悪い、家康。少し話をしたい」 「ああ…ワシがいてはまずい話もあるだろう。別室で待っている」 そう言って家康が部屋を離れる。気配が遠ざかるのをそのまま待った。しばしの後、元親が無言で目配せをする。どうやらもう口を開いてもいいらしい。 「この間、私のお宝を見つけてもらいましたよね」 「おぅ。それがどうした」 「この腕輪の石を見てください。その時から少しずつなんですけど、色が変わっています」 すっと、腕輪を掲げる。丸く整えられたいくつかの玉には色の統一性がなく、また霞んだように朧気な風合いだった。 「…それとこれと、どういう関係があるんだよ」 「前にもいいましたが、私はこの世界の存在じゃないです。この石と機械の力で、偶然ここに来ただけの異邦人です。 これまではこの二つが揃っていなかったので、帰れる見込みもなかったんですけど…この調子なら、あと一週間、じゃない7日くらいで石に力が溜まって、私は自動的にこの世界から離れることになると思います」 「ひょっとして…ここしばらく様子がおかしかったのは」 「はい。このことをいつ言おうかと思ってて。何しろ自分の意志で世界を渡れるわけでなし、力がたまったらそれこそ問答無用だろうし」 「……ナルホドな。なら豊臣に行ったとしても、お前が利用されることはないってことか」 「一応私の方でも事情は説明するつもりですけど、元親さんみたいにすんなり信じてもらえるかは判らないし、それこそあっちに行って数日で姿が消えたら元親さんが連れ戻したとか疑われる可能性があるのが申し訳ないんですけど…」 「いや、それくらいはむしろ任せとけ。お前は力が貯まるまでその機械と腕輪をアイツらに取られないよう、護ることに専念すればいい」 「じゃあ…」 「ああ。すまねぇが…豊臣に行ってもらう」 「大丈夫ですよ。無事に私の世界に戻ります」 元親に対して見栄を切ってはいるが、本当は不安も大きかった。力がたまりつつあるのは事実だが、それが本当にこれからも継続していくのか、また溜まりきったからと言ってすぐに元の世界に帰れるのかということは不確かだったからだ。 だが、ここで恵理が豊臣へと下る決意をせねば、四国に、元親に多大な迷惑をかけてしまうことだけは確定している状況だ。 「――ああ。俺もそう信じてる。アンタは絶対帰れるってな」 言って元親はポンポンと恵理の頭を軽く叩いた。暖かなそれに思わず恵理の視界がじわりと滲みそうになる。 「おら、泣くなよ。泣くのは恵理が無事帰ってきた時に取っとけ」 潤んだ水分がはみ出しそうになっている目尻を、元親の無骨な指が少し乱暴な手つきで拭う。己とは違う少しかさついた親指の腹はザラリとしていたが、それがひどく心地よく思えた。 彼の言葉に無言で小さく頷けば、元親も答えるように微笑む。寂しそうに笑う優しい鬼の表情を見ていると、本当に帰れそうな気がしてきた。 「あー…それで、話は終わったか?」 おずおずと、済まなそうにかけられた声に恵理はヒャアと奇声を上げて3センチばかり飛び上がった。 声をかけられた方に振り向けば、わずかに開いた襖から顔だけをのぞかせている少年の姿がある。 「おう、終わってるぜ」 「ど、ど、どの辺からいたのっ?!」 「元親が信じてるっていったあたりから…かな」 「覗きダメ! 絶対!!!」 「す、スマン! そろそろいいかと様子を伺いに来ただけだったんだ、悪気はない!」 「開き直るなタチ悪いわぁ!!」 少女がややヒステリックに叫べば、罰が悪そうに少年が頬を掻く。 見られていた恥ずかしさと、無自覚だった場の空気の危うさを今更自覚し、恵理は脈打つ鼓動を誤魔化すように苛立を声に変えていた。 薄々思っていたんだけど…元親さんは無自覚タラシだ。間違いない。 けろりとした様子で二人のやりとりを面白そうに眺めている西海の鬼に、こっそりそんな評価をする。
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