トリップ夢 毛利とのやりとり編 2010/10/23(Sat) 02:38
主人公名は「恵理」
ラピュタ的演出で毛利の前に現れる
→「日輪の神子よ!」と盛大に勘違いされる
→誤解を解く前に豊臣軍に寄る高松城の水攻めがスタート
→それをどうにか退けた後 …と思いねえ。

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 そもそも、元就には天下への野心は薄い。お家騒動只中の自国をようやく平定し終え、今は安定に力を注いでいる最中だ。
 では、国力が安定した後に天下取りに名乗りを上げる気はあるのか。そう考えたところで、自分の中では否定の意思のみが確固としてあった。
 国を治めることの難しさを、良くも悪くも元就は知っていた。そもそも、彼が中国を平定したのも、度重なる大内・尼子氏からの干渉による領民の苦しむ声が怨嗟のように続いていたことから端を発する。
 元は安芸の一領主から始まった彼の身の上。毛利の家督を継いだこと自体、上の兄弟が相次いで病に倒れたり、その子らが夭逝続きだったりしたからだ。
 始めは止むに止まれず。次は必要に迫られて。少ない兵力をいかに有効に生かすか――既存兵力を損なわず、かつ大きな成果を挙げるための策を練った。練った策通りに戦が運ぶことに悦を覚えた、といっても偽りではないだろう。
 次第に己が策に固執し、当初の志を忘れ……そして、今に至る。何のことはない、かつて忌避した悪しき主となっていた。
 思えば、理由はたった一つだけだったのだ。
「――我が領民の嘆く姿を見たくなかった」
 そう、たったそれだけ。
 いつの間にか、目的と手段が入れ替わってしまっていた。歯車が狂い、物事の行く先が歪になった。何か、憑き物が落ちたような声が元就の喉から漏れる。
 恵理は微笑む。心底から安堵したように。
「ああ…よかった。やっぱり、元就さんは皆の事が好きなんだね」
 エリとて、元就が根っからの冷血漢であると思っていたわけではない。彼が部下から恐れられながらも、尊敬をされていたことを知っている。戦だけではなく、領内の治世にも力を注いでいるというその姿勢が、兵達が一定の士気を保っていた理由だ。
 戦国大名の中には、民から軍資金を絞れるだけ絞るだけという政治をするものも少なくない。だが元就は平定した領地に信頼の置ける臣下を配し、領内の安定に努めている。それが安定した資金を捻出するための知恵だとしても、投げっぱなしの主よりそうした領主を選ぶのが民草というものだ。
「やっぱり愛だね、愛!」
「神子、私は……」
 満天の空に輝く星のように笑う。戸惑うように眼を伏せる元就だったが、ややあってはっと顔を上げた。輝くように見えたのは幻覚ではなく、本当に――恵理は光の中にいたのだ。
「――神子ッ!」
 手を伸ばす。だが白光の中に薄れ行く彼女の姿を捕らえることは出来ず、それは空を切るだけだった。恵理がいたはずのそこには、ころりと転がる采配が一つ。
 まばゆく、そして音もなく。現れたときと同じく、まるで夢幻のように彼女は消えた。唯一つ、元就の心の中に、言い知れぬ始めての感情を残したままで。
「――神子。愛とは…愛とはなんなのだ」
 ぽつり、とこぼれた言葉に力はなく、ただ男はうなだれるがままであった。

***
 気がつけば、そこは見慣れた領内の自室であった。
「…おお、戻ってきている」
 開きっぱなしだったカーテンの外は暗く、既に日は落ちている。電気をつけ、壁に欠けてある時計に目をやれば、時刻は21時を過ぎていた。ポケットに入れっぱなしだった携帯は、謎のエラー画面から見慣れた待ち受け画面に戻っており、同じく日付が変わっていることを示している。
 初の異世界一泊二日ツアーだったが、どうやらこちらでの時間もそれなりに過ぎているようだ。
 酷く、静かだった。耳を澄ませば、それとなく寮内の喧騒が安普請の壁をすり抜けて漂ってはいる。それでも、あの海戦の様子を思い出せば、十分すぎるほど静かで――平和だった。
「…この時代と国に生まれてよかった」
 そう、心底思う。命の危険が日常にないことの素晴らしさを改めて実感した気がする。
ちらり、とブレスレット状に仕立てた時空石の色を見る。くすんだ色をしたそれは、輝かんばかりに光を反射していた。
「…つまり、元就さんに兵の無駄遣いを反省させる事が、今回のミッションだったってこと?」
 なんだかなあ、と恵理はその身をベッドへと投げ出す。何だかどっと疲れてしまった。
 気が抜けた反動からか、あっという間に目蓋の重量が増す。疲労感とタッグを組んだそれに勝てるわけがなく、ややもせぬうちに恵理は意識を手放した。
 ――その心に、どこか一つのしこりを残したままで。