主人公名は「恵理」 偶然料理中にトリップ→運悪く海の上→どぱーん!→元親に拾われる という前提でどうぞ。
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ふと気がつけば、見知らぬ室内だった。ぱちぱちと瞼を瞬かせると、視界の端で何か大きな気配がうごめく。 ゆっくりと覚醒していく意識に嗅覚から潮の匂いが情報として届く。横たえられた場所は板切れの上に薄い布団を敷いただけの簡素なもの。明白になり始めた感覚はかすかに不規則な揺れを感知し、匂いと相まってここが船室であろうという結果を弾きださせる。 「おっ、気がついたか」 「――ッ?!」 少しガラついた印象のある声に振り向けば、隣には体格の良い隻眼白髪の男がいた。片目を眼帯で隠した男の眼は鋭く、全身からあらくれた雰囲気を発している。思わず反射的に上がりかけた悲鳴を喉元でどうにか押し込めた。 「具合はどうだ…って、言葉は通じるのかね?」 存外に気さくに男が話しかける。ひらひらと、大きな手のひらが目の前で振られた。 「あ、ええ、まあ。ここって船の中?」 「ああ、俺の船だ。髪とかでそうじゃないかとは思ったが…あんた、和人か」 「まあ黒いし、染めてもいないし…だったらそっちは? 随分派手に白…というよりは銀色だけど」 「きらきら光ってキレイだろ」 「…まあ、ね」 答えになってない気もするが、なんとなく追求できない。人好きのする表情で笑う男はまるで少年のようだ。 「アンタ、海に浮いていたからヒルコかと思ったぜ」 「あ、助けてくれてありがとうございました」 「いやいや、礼を言われるほどのことでもねえよ。引き上げてみたら、まだ息があったってだけだ。運がよかったな」 「そ、そうですか」 あっけらかんと告げられると、さすがに微妙な事実だ。思わず口ごもる襟の様子を知ってか知らずか、男はそれまでの人懐っこい雰囲気をガラリと切り替え、ひたりと真剣なまなざしで恵理に尋ねる。 「ところでよ、アンタ……南蛮と繋がりでもあるのか?」 「いや、何でまた其処に拘るの?」 「溺れていたあんたが持っていたコレなんだが……」 「あ、胡椒の瓶」 「みたところ、こいつはガラスで出来てるな。蓋の部分は硬いが軽い。水漏れも防ぐ。見たことねえ素材だ。おまけに中身が胡椒! ドレもコレも小娘が手に入れられるシロモンじゃねェ」 (そうきたか!!!) 内心恵理は頭を抱える。あまり考えたくなかったが、どうやら今ここにいるのは例の異世界らしい。そして、戦国乱世に準拠した時代背景下では、確かにガラスだの胡椒だのは貴重品。プラスチックなんて存在もしていないだろう。 そんなものを手にして水に浮かぶ得体の知れない女…あまりの怪しさから、南蛮関係と思われても仕方ない。 「えーっと…それはぁ……」 「それは?」 「それは…… 秘密です」 人差し指を口元に当て、小首を傾げて可愛らしく。さあ誤魔化されろ、誤魔化されてくれ! と願いながら呪文を唱えるが。 「――ほう?」 冷眼が飛んできた。効果はなかったようだ。慌てて頭をフル回転させながら、それっぽい言い訳を紡ぐ。 「いや、南蛮につながりはないけども、ちょっとした独自ルートがありまして。実はそのルート…ああ、手段でいいのか、この場合? それの手違いで、海におっちゃけまして。そのときたまたま故障の瓶を掴んでいたんで、もってきちゃったわけですけど。ぶっちゃけ、今帰れる手段もないので途方にくれかけているわけで――」 つらつらと述べていくうちに、男の顔が重力に従い、そして肩が震える。ワケが解らず、まごついていると、豪快な笑い声が船室に響いた。 「あー、悪かった悪かった。ま、ワケありだってのは判った。困ってるのもマジみてぇだし」 「わ、判ってもらえて何より」 「これも何かの縁だ。その手段とやらが見つかるまで、俺のところで世話してやるよ」 「おおー!」 「ただし!」 「…ただし?」 「この瓶、中身ごと俺にくれ」 真剣な顔の割にあまりにもささやかな願いに、今度は恵理が拍子抜けする番だった。 「あ、うん。そんなものでよければ」 「…ああ、二言はねェな?」 「ないですないです」 恵理はしらない。彼女の世界ではそれこそ小遣い程度で買える品物だが、この世界において胡椒の粒が金と同じ価値を持つなどということは。 「俺は元親――長曾我部元親だ。ヨロシクな」 「私は、高坂恵理。お世話になります」 差し出された右手に恵理も自らのそれを重ねる。大きな手のひらは暖かく、海水で冷えた恵理にとって心地良かった。 しかし――歴史書も真っ青だなあ、銀髪の長曾我部元親…と一人心で呟く。 顔で笑って心でぼやいて。そんな現実逃避モードの恵理だった。
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