主人公名は「恵理」 おもいっきり「日帰りクエスト」のオマージュ回です。 あと、後半で毛利ルートと合流。 後半登場のあのキャラと面識があるのは、「歳が近いだろうから」という理由で世話役を彼に任命したため。
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元親に拾われてしばらく。城内を自由に使っていいと、ほぼ食客の扱いを受けている。 だが、そろそろ退屈が彼女の身体を支配する。今回の吹っ飛ばされが、殆ど手ぶらだったために暇つぶしになるようなものも特にない。 そうなると、頭の中にあるもので、なにかしらか暇つぶしをする必要がある。しかし夏真っ盛りの土佐はとにかく暑い。ヤル気を奪う程度には熱い。 さあどうしたものか、とごろごろしながら考えて…水遊びに決定した。 気のいい船員に説明し、設置してもらったのは簡易シャワー室。海風にべたつく髪を洗うにはちょうどいい。夕暮れごろになれば、風も幾分涼しい。打ち水をして、さらに固く絞った手ぬぐいを肩からかけて、まったりとくつろぐ。 「随分抜けた顔してんなぁ」 「あ、元親さん」 「アレは恵理の発案だってな」 言う元親の指し示す先には、列を成す男達。シャワー室だ。 「あぁ、うん。チョット図案とか、大雑把だったけど何とか作ってもらった」 「ありゃあイイな。桶で浴びるより、効率がよさそうだ」 「シャワーって言うのよ。塩水はべたついているからねー。昼はすぐ乾くからいいけど、夕暮れになるとちょっと。打ち水して気化熱で涼むには丁度いいんだけどね」 「…きかねつ?」 「あー、えっと。簡単に言うと、水って蒸発をするときに、周りの熱を奪うの。液体から気体になるための熱量を賄うため…って言ってわかるかな?」 「例えば…同じ水でも、熱を加えたら熱湯、そして蒸気に。逆に奪えば氷になるでしょ? これは、物質間で”熱”というエネルギー…エネルギーって通じないか。えーっと、動力とか質量とか。そういうものが変化しているだけで、元々は変わらないのね」 説明するのむずかしー! と苦笑する恵理。だが、元親は違った。 「…なあ、恵理。アンタ、そんな難しいこといつも考えてるのか」 「まさか! 必要に迫られて覚えているだけで…」 「必要って… そのほかには、たとえばどんなモンを覚えてるんだ?」 「うーん… 同じ理科系だったら、生物のコトとか。 例えば、私たちは肉を食べる。肉…まあ、ウサギでも鳥でもいいんだけど、そういう獣は草を食べる。肉食のヤツでも、エサは草食動物だから、まあ一緒だよね。 そして、その草は土に生えて育つ。土の中には、眼には見えない微生物があって、その微生物は朽ちた植物やたんぱく質、要は動物の死骸を分解する。土葬したら、いつの間にか骨だけになっているってのは、この微生物の働きのおかげ。 まあ、つまりは生き物はみーんな繋がっていて、このうちのどこかが崩れても全てに影響が広がるから、環境は大事にしなくちゃいけないよーってお話。 ちなみに、微生物は酒とか味噌とか醤油とかも作ってくれる、ありがたーいヤツ」 あはは、と笑う。だが、元親は酷く真剣なまなざしでその話に耳を傾けていた。 恵理にすれば、子供騙しにも似た知識だ。だが、彼にとってはそうではない。ごくり、と彼は唾を飲み下す。 「――場所を変える」 眼の色が違った。部下のものが見ればすぐわかったろう。今の彼のまなざしは、宝物を狙う海賊のそれだ。しかしそれに気付くはずもなく、ただ恵理は成されるがまま手を引かれていた。
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恵理の待遇は一変した。形ばかりの食客から、本物のそれへと変化した。 元親の知識欲は相当のもので、恵理の語る時に曖昧な知識にあれこれと飛びついた。 特に彼の興味を引いたのは、世界地理についてだった。超大雑把なメルカトル技法の世界地図を書いたときなど、元親の表情は少年そのものだった。”南蛮”という、曖昧な括りだった外の世界が、実はとても広大だったことに驚愕し、そして憧れを強くしたようだ。 説明の際は、「あくまで参考。私の知識としてだから、本当は違うかもよ?」とは言い含めているものの――何しろ異世界なので、多少地形が違ったりしても不思議はない――それでも、熱心にあれこれと尋ねてくるその姿は、大柄なそれに似合わず可愛らしさを覚えた。ヲトメゴコロというヤツだろうか。いや違う、多分ギャップ萌え。口に出したら…しかめっ面されて、困ったように笑うのだろうなあと予想できた。 そのほかに彼が強く興味を持ったのは科学・天文学・算術。カラクリ兵器が好きらしく、科学はその改良のため。算術は交易の管理や、カラクリ兵器の運用に利用するため。天文学は航海のためと、とことん実践的なものに惹かれていた。なので、古文などの類はお気に召さず、「万葉集覚えてるからって、何かの足しになんのか?」としかめっ面をされた。いやいや、上流のお付き合いには必要ですよ、毛利さんとこではやたらと使ったよ、などと心の中で突っ込む。 「そういえば…恵理は何でも知ってる割に、文字の読み書きが出来ないのが不思議だな」 「いや、できるよ! できるけど、流石に草書を完全に判読するのが無理なだけで!」 ぶつぶつと恵理はこぼす。 「だいたい、あんなミミズののたくったような文字読めますかっての。誰にでもわかりやすい文字の方が絶対便利だってのに」 「だが楷書は時間がかかるだろうが」 「…筆だからねえ」 「そうそう、前に先生が言っていた…黒炭を固めた筆代わりのもの。あれ出来てるぜ」 「え、ほんと!!」 「おうよ。実際、確かめてみるか?」 鉛筆の形状と用途を説明し、興味を惹かれた元親が部下に命じて開発させたそれは、多少形状こそ違うものの鉛筆として十分に使用可能だった。料紙に書き付け、久々の慣れた感覚に感動を露にする。 「おお…凄い! ちゃんと鉛筆っぽい!!」 「俺も使ってみたが…確かに便利だな。墨と違って、乾くまで待つ手間もねェし。あと、細かい文字を書くにも向いてる」 「いやあ、でもホントに作れちゃうとは。凄いなあ」 「へっ、見直したか?」 「うん! この調子なら印刷機も作れそうだよね」 「インサツキ?」 「あ、えーっと。あらかじめ一文字ずつ彫っておいて、それを組み合わせて言葉を作って…版画はわかるかな?」 「ああ、それくらいは流石に解るぜ」 「じゃあ話は早いや。それの文字版が印刷。たくさんの文字を書き写すのは手間だけど、版を作っておけば量産が楽じゃない? んで、版を一枚一枚作るより、あらかじめ文字だけを作って、それを組み合わせた方が何度も仕えて便利で低価格。初期投資はそれなりにかかっちゃうけど…」 「――なるほど。その場合だと草書よりは楷書の方が彫りに向くな」 「そういうこと。私が草書が読み書き苦手なのは、そういう理由もあるってわけ」 「ふむ…ちっと考えとくか」 恵理は思う。元親の尊敬するべきところは、こういった新しいものに対しての柔軟さと貪欲さにあるところだと。そのお陰で自分の待遇はよくなったのだし、様々でもある。 「アニキ――――ッ!!」 「何だ、騒々しいな」 「お楽しみ中のところスミマセンッ、正体不明の敵が、上陸して港で暴れまわってます!」 「なんだと…ッ」 「斥候からの連絡では、その集団は口々に怪しげな言葉を叫びながら、侵攻しているとか。姿格好からして、今九州で猛威を振るっている、南蛮の教えに被れた奴等ではないかと――ッ」 「――残念だが、今日はここまでだ。俺も戦場に出る。戦況は?」 「…負傷者多数。敵の進行速度は落ちていません」 「――チッ。いいか、先生はこの城に残ってな。野郎共を少しこの場に残しておくが、アブねェと思ったらすぐに逃げろよ」 言うが早いか、元親はあっという間に部屋を駆け出していった。暫し呆然となっていた恵理だったが、はたと我を取り戻す。 それと同時に、恵理の守役として入ってきた将兵が、彼女に声をかけた。 「お嬢、アニキもすぐに戻ってきますぜ。それまでオレたちが――」 「…ありがとうございます。でもお嬢は止めて下さい。恵理、でいいって言ってるじゃないですか、いつも!」 「いや、しかしアニキが先生と呼び慕うお方を名前では…そんな恐れ多い!」 「元親さんの「先生」呼びだって、からかい半分じゃないですか! と、ところで。さっき負傷者がいるって…」 「へい。情けねェ話ですが、いくらかがヤラれちまってます。傷もそうですが…その」 「…?」 「――実際に、見てみるっスか?」 その申し出に、こくりと恵理は頷いた。
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そこは、さながら野戦病院であった。怒号が、嗚咽が、あたり一面にぶちまけられている。 だが恵理が危惧していた死の気配はそこにはなく、おそらくは手引きした将兵がそのあたりも配慮してこの部屋を選んだのだろう。 「ここは比較的傷が浅かった仲間と、事情を聞けそうな敵兵を収容してるんですが――」 口ごもる男の言葉を、雄たけびじみた声がかき消す。 「ザビー様ああああッ!!!」 そう叫んでいる兵は見覚えがある。装備からしても長曾我部軍に属する者だ。しかしその表情は恍惚とし、明らかな熱を持って暴れまわろうとしているところを、仲間によって押さえつけられているようだった。 「ええええー……」 「…まあ、あんな感じッス」 視線をあさってにすっ飛ばす将兵。その気持ちは痛いほどに恵理にもわかった。 「――神子様ッ! 日輪の神子様だよね!」 はっと、その呼びかけに恵理は我を取り戻す。そんな小恥ずかしい名称で彼女に呼びかける心当たりは少ない。恐る恐る振り向くと、そこにはかつての顔見知りがいた。 「――小早川さん?!」 「ああ、やっぱり神子様だったんだね。久しぶりだなあ…また逢えるなんて、夢のようだよ」 「…知り合いッスか?」 「ええ、まあ。前にお世話になっていたところで、ちょっと」 ぱたぱたと手を振って、誤魔化す恵理。 「と、ところで。何で小早川さんがここに?」 「――それが、その。元就様に帯同していて」 「……元就さん、ですか?!」 「うん……」 沈痛な面持ちで彼はうつむく。 「神子様が姿を消して以来、元就様はめっきりと塞ぎ込んでしまって。 その時を見計らったかのように、九州を根城にする怪しげな南蛮人が中国へ攻め入ったんだよ。 いつもの元就様だったら敵ではなかったんだろうけど…如何せん本調子ではなかったからか、苦戦を強いられちゃって。 情けない話なんだけど、本丸にまで攻め込まれて――大将同士の決戦の末、その、ええっと、何故か」 ここで彼は言葉を呑む。暫し言うか言うまいかの葛藤の果て、ようやく吐き出すようにこぼした。 「――元就様、ザビー教に入信しちゃった」 『えええええええええーーーー!!』 恵理と将兵の声が図らずしも唱和した。 「以来元就様は『サンデー毛利』などと名乗って、城には怪しげな像や壷が増える一方! 日課だった日輪崇拝もザビーとやらに挿げ代わって、『愛は全てを救う。さあ壷を買うのだ』と僕へ迫る始末! 愛の鞭ぞとか言って結局僕を苛めてくるのには変わらないし、前の方がまだマシだったよー!!」 さめざめと泣きくれる小早川。恵理は額に浮き出た脂汗を手で拭う。 「……あれか。流石に前回中途半端すぎたか」 変な方向に目覚めちゃったかー…と今度は恵理があさってを見やる。 「挙句の果てには僕やその他の家臣にも妙ちきりんな名前をつけようとする有様! 僕は”るぱぁと”などという名前なんかじゃないのに…っ お願いだよ、神子様。あの状態の元就様の目を覚まして上げられるのは、神子様しかいないと思うんだ! こうしてこの四国の地で逢えたのも運命、元就様を助けてあげてぇぇ」 最後は懇願だった。おいおいと恵理に縋り付く。 「…なんか、波乱万丈ッすね。流石お嬢!」 「褒めてないですよね、それ」 傷む頭を抱え、恵理こそが泣きたい気分だった。 「わ、解りました。出来る限りのことはやります。はい」 「おお… 流石は神子様。 お礼としてはなんだけど、ザビー教が何を目当てにこの地に侵攻しているかをお教えちゃうよ!」 「あ、どうもです」 「ううん。礼を言うのはこちらだよ! …まあ僕も、詳しくは知らないんだけど…ザビー教の狙いは長曾我部さんが持つカラクリ兵器にあるみたいでさ。教祖であるザビーはその類のものが大好きっぽくて、カラクリごと是非信徒に加えたいとか何とか…」 「あー、木騎とかのことですかねえ」 「多分ね。あとザビー教の兵力だけど、ザビーを軸に強い結束を持ってはいるみたいだけど、一部にはうちの毛利軍みたいにザビー教への信仰そのものには興味を持ってない兵も多いよ。 まあ、少なくとも毛利軍やうちの小早川軍は神子様がいれば刃を向けることはないからそこは安心して」 「…そうですか」 「――ううん、ごめん。神子様は戦嫌いだったよね。僕も好きじゃないから、出てくれなんて言いたくないし――忘れていいよ」
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