A happy new year! 1
年末の天気予報で初日の出は見込めない、と言っていたわりにはこの年の初日は清々しい陽光を持って迎えられた。その太陽が一番高く昇る頃、街並みもその日一番の賑わいを伴なう。初詣や初売り、様々な目的を持った住人がぞろぞろと喧騒と活気をもって繰り出していた。
その中でも、今日もっとも人出があるであろうとある神社に一組の男女がいた。郷に入っては郷に従えとばかりに今時珍しく紋付袴と振袖をキッチリ装備した初詣客に周囲の目が無遠慮に注がれる。
金の髪の青年は大層美しかったし、連れ添うように側にいる少女は愛らしかったから当然ではあった。草履や着物に慣れぬのだろう、チマチマとしか歩けないでいる少女に合わせるように、青年も緩やかな足取りである。
――その光景は大層微笑ましくもあり、行き交う人々の目は無駄に温かい。和みまくっている。新年から良いもの見たなあとかそんな感じだ。だが、幸いか否か二人には読唇術の心得はない。一方は自らに注がれる注目の視線はあって然るべきものという認識だったし、もう一方はそれに気付くには経験というモノが不足していた。
彼らは人の波の流れに乗るように境内の最奥――本殿前にまで辿り着く。少女は握り締めていた片手の中の五円玉を賽銭箱に投げ、ぎこちない仕草でニ拝ニ拍手一拝の作法を守って参拝を行った。傍らの金色の男はどうやら参る気はサラサラ無いらしく、賽銭も礼拝も無くただ少女を横目で見ている。
それを知ってか知らずががらんがらん、と鈴を大きく打ち鳴らし、何事かを真剣な表情で少女は願う。数瞬後、ぱっと顔を上げるとともにいる青年の片手を引っ張った。
「――ギル様はお願い事いいの?」
「…生憎と神に願う事は無い」
恨みは山ほどにあるがな――とは言葉に出さず、心の中だけで呟くに留めた。男――ギルガメッシュは、用は済んだとばかりにさっさと列から撤退する。その背を少女――はやはり小股で追いかける。
人出がとかく多いためか、進むのもままならない。それが幸いしてかは案外あっさりとギルガメッシュに追いつくことが出来た。
多少ギクシャクとはしてしまったが、ともあれ参拝は終了した。となれば次は――
「おみくじ引きたいなあ」
「…まあよかろう」
ぽそ、と呟いた一言に青年が反応する。了承にぱっと表情を明るくするは、おみくじの場所を探すべくきょろきょろと辺りを伺い――ある一点に眉を顰めた。
その場所は社務所などではなく、初詣客を見込んだ特設の売店のようであった。白いテントに紅白の垂れ幕、概ね新年らしい目出度い彩りのその場所は何故かぽっかりと人気がない。
「――空いているところがあるようだな」
「あるね」
ギルガメッシュも不審に思ったのか、訝しげに表情を歪めている。それにコクリ、と頷くと、少女は恐る恐るではあったがその場所へ足を向けた。それにギルガメッシュも並歩する。
単純にいえば、二人の間にあるのは好奇心であった。こうまで込み合いまくっているのに、ああもあの場所だけ人がいないというのは何故か。それを確かめてみたかった。
だが――ようよう人込みをかき分け、その場所に辿り着く頃にははっきりとその理由が理解出来た。漂う魔の力――この場所は『神社』という聖域であるので、多少のモノは常に漂っているのだが――魔術の気配。
恐らくは人払いの結界だろう。範囲は極狭く、半径にして10メートル前後といったところだろうか。それが原因で力なき一般の人々には、この場所はそもそも『何もない場所』となっているらしい。そしてその中心にいる施術者と従者は――
「あ、いらっしゃい」
見慣れた二人が見慣れぬ服装に包まれ、営業スマイルを――こちらは一人だけだが――浮かべている。常より『赤』の印象があったコンビだが、今日はそれがより誇張されているようにも思えた。
ツインテールの巫女さんにギルガメッシュが半眼でうめく。
「…何故貴様等がここにいる、うっかり雑種」
「五月蝿いわよ、金ピカ。バイトに決まってるでしょ、この時期のバイトって稼ぎがいいんだから」
客商売のはずだが、目の前の深紅の巫女――遠坂凛は眼前の男に問われた時よりもより悪い態度で返答した。どうやら彼には接客する気が無いらしい。
そんな凛にふう、とこれ見よがしに溜息をつく真っ赤な宮司さんモドキが一人。
「――マスター、少しは落ち着きたまえ」
「凛師匠、アーチャーさん。あけましておめでとうございます!」
「うむ。今年もよろしく」
「よろしくー。サーヴァントと違って、の方は可愛いわねえ」
サーヴァント、という辺りで新旧二人のアーチャーを斜め見つつ紅巫女が口を開く。ピキ、と両者のこめかみに十字の形が浮かび上がったが、彼等が抗議の声を上げるより早く少女がさっと手を掲げた。
「ここにおみくじはありますか?」
「あるわよ。これを好きなだけ振って、それから下に向けなさい」
「はタダで良いが、そこの外人もどきは一回一諭吉だ」
「あからさまだな、贋作者」
ひくひくと口の端を引き攣らせながらも、ギルガメッシュは袖から事も無げに紙幣を取り出すと、たたきつけるように台へ置いた。さすが黄金律持ち、一万程度は物の数ではないらしい。それを見て遠坂コンビが本気で舌打つ。特に凛などはもっと吹っかければよかったのにとあからさまに表情がそう物語っていた。
少女には大きいのか、よいしょと抱えて一所懸命には籤を振る。出てきた棒を凛に指し示すと、彼女はふむと頷くと後ろに備えている箱から一枚の紙を検索し始めた。
続けて、金を払ったからには当然だ、とばかりにギルガメッシュも籤箱を振る。がっしょがっしょと回した後に出てきた棒の先にかかれた番号を見、アーチャーが後方から一枚の薄紙を取り出した。
「は――吉ね。願い事は遅くなるけど叶う、学問は…安心して励め。病気は気を強く持てば治る。そして――恋愛は慌てず心を掴めって。全体的に、慌てずに頑張れば大丈夫って所じゃない?」
手にしたおみくじの結果をサラサラと読み上げ、凛はそれをに手渡した。色好い結果に、少女の顔も綻ぶ。
「我の結果はどうなのだ? まあ大吉である事は確定であろうが」
「…うむ。大吉だな」
むやみやたらな自信に彩られた英雄王の言葉に、赤き弓兵が淡々と追随する。『スキル:幸運A』持ちだからこの結果は引くまでも無く判っているとばかりの口ぶりのギルガメッシュに、横合いからあかいあくまがにこやかに付け加えた。
「殺・血・悪・霊v」
「――なんだと?」
「り、凛師匠… なんだか、発音がおかしい気がするよ?」
ふふ、と微笑む凛に恐る恐るが尋ねる。なんと言うか、こう――酷く不吉な発音だった。
これまた微妙に笑っているアーチャーが、その手にしていたおみくじをそんな二人の前に差し出す。
そこに描かれていたものは――正しく、先刻彼女が発音したままの文字だった。おどろおどろしい筆跡、かつ紅のインクがまるで血痕のように散らされたホラーおみくじ。『さちあれ』という本来であれば祝福の言葉であろうそれは、見事なまでに呪いの言葉と化していた。
「さっすがギルガメッシュね。確率がとことん低いこの特製大吉を見事引き当てるなんて」
「ああ、実に見事だ。きっと今年一年は素晴らしい年になるだろう。色んな意味でな」
「この我に新年早々喧嘩を売るとは良い度胸だ雑種どもッ!!」
「ギル様、ストップストップ! 王の財宝しまってー!!」
高らかに謳うかのごとく勝ち誇る赤主従に、ただでさえ容量の少ないギルガメッシュの堪忍袋の緒がいよいよ切れた。高々と鍵短剣を掲げる英雄王の王気を見て、慌てふためきが制止にはいる。勢い余って鳩尾に頭突きをするかのような形になってしまい、ごふっと小さく青年が息を吐いたような気がしたが少女は構わず言葉を続けた。
「ギル様、ちょっとお腹空いたから…えっと、そう! 屋台の方見てみたいな! ね、そうしよう!!」
「ま、まあよかろう…
雑種ども、今回は見逃してやろう。我の温情に感謝するが良い」
「はいはい、そーゆーコトにしといてやるわよ」
「またな、。今度は目障りな者がいないときに会いたいものだ」
今回の栄冠は明らかに遠坂組の頭上に燦然と輝いていた。ギルガメッシュの捨て台詞など意にも介さず、終始笑顔のままである。
ギリギリとそんな二人を英雄王が大人気なくガンつけつつ、早くその場から撤退しようとするに引っ張られ――二人は慌しい気配を伴ない赤主従領域in売店を後にした。
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