A happy new year! 2



 ある意味怒涛の勢いで参拝とおみくじを済ませ、人々のごった返す参道近辺にまで舞い戻ってきた。運動からではない汗をかいたは、ちらと強引に引っ張ってきた連れ合いの様子を窺う。やはりというか何と言うか、眉間に皺が寄り口はへの字で…どう見ても機嫌は斜めのままだ。
 ギルガメッシュは凛とアーチャー、この両者との相性が平時よりすこぶる悪い。特にアーチャーとは顔をあわせるたびに何かしらかの諍いを起こしている。それは同族嫌悪、とかそんな感じなのだが生憎とにはそれが判るほど人生経験があるわけではなかった。
 仲良くして欲しいのになあ、と常々は願ってはいるがどうにもそれは大層に険しい道のりのようである。黙ったままの青年を引き連れ、ほてほてと二人は先刻とは逆に、がギルガメッシュを先導するような形のまま足取り重く人波に埋もれていた。

「――そこの嬢ちゃん、何一人で百面相してんだ?」

 不意に、そんな言葉で呼び止められる。聞きなれた声と呼び名に思わず足を止め、きょろきょろと周囲を窺っていると、すぐ側の売店から『こっちだ』と同じ声がかけられた。
 じゅうじゅうと良い音と匂いを伴なっている焼きソバの屋台の奥――少しよれたTシャツと首に引っ掛けたタオルが絶妙な趣を出しているテキ屋ファッションに身を包んだ男、ランサーがそこには居た。あ、とが声を上げると、青年は気さくな調子で片手を挙げて応える。

「ランサーの今日のバイト先ってここだったんだ」
「おう。この時期は稼ぎがいいからなー」

 先刻どこかで聞いた言葉と同じ返事が返ってくる。彼が年末年始と単発のバイトをハシゴしているのは知っていたが、まさか屋台の切り盛りまで担当しているとは範疇外だった。
 聖杯戦争終結後の彼は生来の気質かはたまた趣味か。しょっちゅうバイトで教会を後にしつつ、現世ライフを満喫している。周囲の者には『ガタイの良い派手に髪を青に染めた気さくな兄ちゃん』と概ね認識されているらしく、バイトの種類の豊富さも相まって顔もかなり広い。十年先輩のギルガメッシュとタメを張れるほどに現世に馴染みまくっていた。

「何だ、知り合いか?」
「ああ。オレが下宿しているところの連中」

 お隣の屋台からそう声がかけられる。同じような服装をしているコワ面のお兄さんが、こちらもまた慣れた手つきで千枚通しを操りながらランサーに訊ねてきた。槍兵はそれにさらりと言葉を返し、同意を促すようにに視線を送る。それに応じ、少女もちょこんと小さく頭を下げた。

「ちょっとならそっちの屋台も俺が見といてやるよ。少し回ってきちゃどうだい?」
「そっか? じゃあお言葉に甘えるとするかね」

 言ってランサーはガスの元栓を素早く閉じると、鉄板の上にある出来上がった焼きソバを手際よくパック詰めする。あっという間にそれらの作業を完了させると、後ろに引っ掛けていた皮のジャケットを羽織り、『それじゃよろしく』と一言残して屋台から出てきた。

「待たせたな。もうお参りは済ませたのか?」
「うん、ギル様と一緒に! でもギル様お願い何もしなかったんだよ」
「ははっ、そりゃそーだろ。コイツ神様嫌いだから」

 槍兵とのやり取り中、ずっと無言を貫いていたギルガメッシュを指差して揶揄するように彼は訊ねる。案の定、ふいっと一言も返さずそっぽを向いてしまった英雄王に、ランサーは無遠慮にゲラゲラと笑った。
 神性適性が本来であれば最高ランクであると言うのに、ランサーと同じ所まで下るほど嫌っているのだから、例え異国行事の形だけとはいえ参拝する気になぞなれないのが彼の本音だろう。

「そういや金ピカのほうは兎も角として、嬢ちゃんのそれはどうしたってんだ?」
「この着物のこと? これね、イリヤがプレゼントしてくれたの。色違いのおそろいなんだって!」
「へぇー、アインツベルンの嬢ちゃんがか。なかなか剛毅な事するなぁ」

 さらりと切り返された話題に気付くべくもなく、は嬉しそうにそう答えた。人込みの中、器用に一回転するとふわりと袖が舞う。上質の反物から作られたであろうそれは、によく似合っていた。

「キレイに頼んで写真も撮ってもらったよ。イリヤにありがとうってお礼の手紙と一緒に送るの」
「いいんじゃねえの? 折角ならオレもと一緒にフレームに納まりたかったが…」
「――それは我一人で十分だ。貴様が入れば写真にすらソースの匂いが移りそうだしな」
「うわ、ヒデェ! 結構気にしてるのによ」
「大丈夫よランサー。えっと、その…なんだかおいしそうな匂いでイイと思う!」
「それはトドメだぜ、嬢ちゃん…」

 の全然フォローにならないフォローでKOされたランサーは、ガックリと肩を落とす。
 朝も早よから焼きソバと戯れていれば、全身じっくりまったりソースの煙に燻されるわけで。ランサー本人は既に嗅覚が麻痺しているのだが、その他二人にしてみれば十分に香ばしい匂いが鼻につくのだろう。

「――あっ、士郎おにいちゃんたちだ!」

 ぱっと、明るい少女の声でランサーは我に返る。なるほど、その言葉の通り対面の人垣の向こう――丁度射的屋台の辺りに見慣れた組み合わせがいた。
 の言葉に気付いたのだろう。彼等もまた顔を上げ、おおいとばかりに手を振って応えた。

「はーい、みんな! あけおめ〜」
「明けましておめでとうございます、皆さん」

 藤村は朗らかに、桜は微笑むようにして新年の挨拶を綴る。それにはニッコリと、槍兵は気軽に、金ピカ様は返す気全く無しの態度でそれぞれ応えた。

「おう、ヨロシクな」
「藤村せんせ、桜おねえちゃん。あけましておめでとう! 士郎おにいちゃんも、セイバーさんも、ライダーさんも!」
「ありがとうございます。どうぞ幸多からん年でありますように」
「無論そこなアーチャー以外ですが…新年において貴方方に逢えた事、大変嬉しく思います」
「お互い今年もよろしくな」
「待てセイバー。何故あからさまにそう我を無碍にする!」

 英雄王以外の面子はにこやかに表情を交わす。
 概ね良好に過ぎ行く時節の挨拶交換に、一人参加しそびれた――有体に言えば除け者にされた――ギルガメッシュが不満そうに抗議の声を上げた。びし、と行儀悪く絡みやすそうな騎士王の言葉尻を捉える。
 名指しされたセイバーは、やや面倒くさそうに胡乱げな眼差しを黄金王へと言葉と共に投げかけた。

「礼を欠く者には礼を欠いた態度が相応だからです。貴方も曲がりなりにも王であれば、いえ尚の事人として最低限の礼儀は持つべきですね」
「王たる我がせせこましくなってどうする。常に堂々とあるべきであろうが」
「貴方の場合は単なる自意識過剰の高慢ちきです」

 すぱっと、迷いなくセイバーは断言した。ぐ、と言葉に詰まるギルガメッシュをよそに、少女以外の者がうんうんと賛同するように首を縦に振る。一人オロオロと不穏な空気を孕み始めた皆をは不安気に見回した。
 確かに――どう控えめな観点から見ても、ギルガメッシュは傲慢な部分がある。とてそれは認めよう。しかしそれを彼の『味』といえる部分だと捉え、許容出来る範囲だと思うのはこの場においては少女だけだった。
 の心が大変に広いのか、はたまた黄金王の態度が極一部にのみ軟化しているのか…それは定かでは無いが。

「そういやお前等射的屋の前で止まってたみたいだが…」
「ああ、久々にちょっと」

 話題を変えるようなランサーの疑問に、士郎は手にしていた一つの物を指し示した。射的の景品らしく、少々作りの甘いライオンのぬいぐるみだ。
 よくよく見れば、ライダーは赤いリボンがよく似合う黒猫のぬいぐるみを手にしていたし、桜もまた自身の名を冠した花が刺繍されている小さなポーチを手にしている。

「全部、士郎おにいちゃんが取ったの?」
「ん、一応」

 尊敬にも似た眼差しでが見つめる。それが気恥ずかしいのか、士郎は照れくさそうに笑いながら質問に答えた。流石は未来の弓兵候補、というべきところなのだろうか。
 そんな二人の間に割ってはいるように、藤村がキラリと目を光らせる。

「ふっふっふ。わたしだって凄いんだぞー、ちゃん。ほーら、戦利品だー!!」

 そう言って、藤村はじゃらん! とばかりに、自身の両手に何処からか取り出した獲物を展開させた。
 様々な動物や安っぽいアクセサリー、お菓子などが入った袋を様々にぶら下げた姿はある意味圧巻である。

「うわー、士郎おにいちゃんもすごいけど、藤村せんせはもっとすごい…!」
「藤ねえ…頼むからそれしまってくれ。皆から注目されて恥ずかしいからっ」

 素直な感嘆の声を上げるとは対照的に、弟分は先程とは違う羞恥に顔を赤く染めている。だが、姉の方は何故だと不満そうに口を尖らせた。

「いーじゃなーい! これ全部実力で取ってきたものなんだから」
「それは十分皆承知しています、タイガ」
「しかし往来の真ん中で幅を取るのはちょっと…」
「ほら、しまってしまって! 帰って雑煮食べるんだろ」
「むーぅ」
「ここは諦めるべきですね」

 どやどやと周囲の者から怒涛の攻勢を受け、さしもの虎も多勢に無勢。仕方無しに景品の弾幕を引っ込めた。それを確認し、はあと士郎は溜息をつく。
 少しだけその様子にビックリしているに、僅かに疲れたような笑みを浮かべながら少年は口を開いた。

「まあ、そんなわけだから俺達は先に帰るよ。また何時でも遊びに来てくれ」
「うん、ありがとう!」

 少女の返答に微笑みで返し、士郎は虎を皆と協力しながら牽引して去ってゆく。
 別れの挨拶代わりにと、ぺこりと一礼を返すライダーやセイバー。そして小さく手を振る桜には『またねー!』と元気な声で彼等を見送った。

NEXT


ブラウザバックで戻って下さい