思いがけない言葉
「こんちわ〜」
日中でも冷えた空気が抜けきらない、そんなある冬の日。
四季とは関係なく、年中熱気が篭った感のある鴨川ジムに一人の男が現れた。
皺のあるスーツに身を包み、無精ヒゲで加えタバコのその男は、白煙とも呼気とも取れる煙を口から滑らしながら言った。
「あ、藤井さん!」
「ちゃん、こないだの取材記事出来たよ」
雑誌記者である藤井は先日ジムにやってきた。例によって取材のためだが、一寸ばかりいつもとは違っていた。
それは、取材対象がボクサーではなく裏方であるトレーナーたちであったからだ。
鴨川ジムは先日タイトルマッチに挑戦した一歩や日本上位ランカーである木村や青木、そしてチャンピオン鷹村を有する都内でも屈指のジムである。
特に近年活躍しているジムの一つであり、その理由としてボクサーだけでなくトレーナーの優秀さももあるのでは? …というコンセプトの元藤井は取材を申し込んだのである。
そしてその際、藤井は特にをメインに記事を組み立てたいと会長に申し出た。
当然ながら鴨川会長は猛反対。可愛がっている娘同然のに変な虫がつくようなことはさせられん! と烈火の如く捲くし立てた。
しかし、当の本人の「別にいーわよ。減るもんじゃなし」という鶴の一言で会長も渋々ながら承諾。それが先日のことである。
「わざわざ持ってきてくださったんですか? でも確か発売日はもう少し先じゃ…」
「コレは早刷りの分さ。せっかく協力してもらったんだから早く見てもらおうと思ってね」
「うわぁ! ありがとうございます! 実はコッソリ楽しみだったんですよ〜」
藤井に手渡された雑誌をまじまじと見詰める。表紙には目立つ色で「特集:鴨川ジム大躍進の謎に迫る! 選手を支える裏方達」という文字が躍っていた。
はウキウキとページをめくる。特集は巻頭で、フルカラーページには彼女の写真が大きく載っていた。
「…何かえらく恥ずかしいんですけど」
「結構よく撮れてるだろ?」
自分が印刷物になっているということが妙に実感出来て、はなんともいえない表情になる。
印刷されているはいつものようにジム内を掃除している姿、事務処理をして机に向かっているところ、そして選手のストレッチを手伝っている写真の三枚であった。
「でもコレ、いつの間に撮ったんですか? 私撮られた覚えないのも混じってるんですけど」
特にこのストレッチのヤツとかと紙面を指差す。その彼女の問いに藤井はにやりと笑いながら答える。
「気付かれないように撮った方が普段そのままの姿が撮れてるだろ? コツがあるんだよ」
「むーっ」
「そういや鷹村さんたちはどうしたんだ? 姿が見えねェみてぇだが…」
「あ、鷹兄達ならロードです。一歩君は伊達さんとの試合のダメージが抜け切るまで強制休業中ですよ」
そう言ったことを話していると、タイミングよく鷹村たちがロードワークから帰ってきた。
「帰ったぞ、! タオル寄越せ!」
「た、鷹村さん… 飛ばしすぎッスよ…」
「俺達殺す気ですか、アンタは――」
汗を流しながらもまだまだ余力がありそうな鷹村とは対照的に青木と木村の両名はヘロヘロのボロボロである。相当扱かれたのだろう。
「おっかえり〜鷹兄♪ 青木さんと木村さんもお疲れ様」
「邪魔してますよ、三人とも」
「お、藤井ちゃんか。今日はどうした、俺様の取材か?」
「いやいや。こないだ取材した記事が出来上がったんで持ってきたんですよ」
藤井の台詞と同時にが手にしていた雑誌をヒラヒラと振る。
「おお、あの記事か。ヨシ、早くそれを見せろ」
「はいはい。相変わらず鷹兄ってば横暴よね」
呆れながらもはきっちり雑誌を鷹村に手渡す。受け取った鷹村はペラペラとそれをめくっていく。
「――ほぉう、よく出来てるじゃねぇか」
「でしょう?」
「しかし…こりゃ鴨川ジムのトレーナーじゃなくてのことが中心だな」
「そりゃ男よりも女の子の記事のほうが読者も読んでくれますから」
うちの読者層は圧倒的に男が多いですからね、といい加える藤井。
「主にジム内でやっている仕事やサポート、プロフィール…
あ、何だコリャぁッ!!」
なおも読み進める鷹村が、大声を出してその手を止めた。
「オイ藤井ちゃん、アンタこんなことまでに聞いてたのかよ!?」
そういって藤井の目の前に雑誌のあるページを突きつける。
そのページに書かれていたのは、の好きな異性のタイプと現在付き合っている異性はいるかというよくある質問であった。
「まぁお約束でしょう、その質問は」
「だろうけどなぁ!」
へらりと答える藤井に鷹村は怒鳴りつける。と、そこに鷹村の持っていた雑誌に誰かの手が伸びた。
「ああ、ホントに書いてあるっすねェ」
「へぇ… ちゃんの好みの異性って『情熱を持った人』かぁ。微妙にストライクゾーン広いな」
「そーですかねぇ? じゃぁ木村さん持ってます、情熱?」
「お、俺か!?
――そうだな、ボクシングには情熱持ってるけど…プロの連中なら誰だってそうだろうしなぁ」
唐突に話題の矛先を突きつけられて動揺する木村。少し考えて彼女の問いに苦笑しながら答えた。
「言われてみれば…そうですね」
「だろ?」
「だーーっ!! テメェら人が読んでたモン勝手に取るんじゃねェ!!」
鷹村は一声吼えると、まずは雑誌を掠め取った青木にヘッドロックをかけた。瞬間の出来事によけることも出来ずに青木は思いっきり技を極められてしまう。
「あああっ! 鷹村さん、それ以上締めたらマジに青木のヤツ死にますって!!」
慌てて木村は友の命を助けるべく鷹村を止めに入る。がしかしあっさりと蹴りを食らい床に転がされた。
「やかましぃ! 俺様は今気がたってるんだ!! 邪魔するんなら死んでこい!」
「イタっ! いたいたっ!」
ゲシゲシと倒れた木村にヤクザ張りの蹴りを叩き込む鷹村。一方では青木の首を決めたままだ。
「…止めなくてもいいのかい?」
「――いつものことですから」
半ば呆れたような藤井の問いにはどこか明後日の方を向きながら答える。その頬には一筋の汗。
「まぁ怪我をしなきゃ別に構わないです。鷹兄だってそれくらいは弁えてますよ…多分」
「…多分か」
「はい」
返答と同時に溜息を一つ。いくら日常とはいえ少々やるせないといったところだろうか?
やれやれと藤井が首を振って、吸っていたタバコを携帯用の灰皿に入れ火を消す。
「とりあえず、用も済んだし帰るわ。そこの暴れてる三人にもよろしくな」
「はい。よく言っときます。…とりあえず、記事にはしないで下さいね、うちの恥」
「ははは、大丈夫だよ。
ああ、そうだ。ちゃん知ってるかい? チャンピオンカーニバルの時に来てたヤツ」
「? 誰か知り合いが来てたんですか?」
大阪産のバカ虎ならあの後ジムに来たんで知ってますけど…と、は言う。
「いや… 俺も話をしたわけじゃなくてチラッと見ただけなんだけどな。
――宮田のヤツが見てたみたいだぜ」
「!!」
驚く。その様子を見て、藤井はしまったとばかりに頭を掻いた。
「ま、他人の空似って可能性もあるがな。気にしないでくれ。
じゃ、失礼するよ」
そういって藤井は片手を軽く上げてジムを後にする。
残されたのは驚きから回復できないといまだ暴れる鷹村、そしてその被害者二名だった…
藤井さんが口をすべらせてから数日後の夜。今日の仕事を終え、私は自宅に帰って寛いでいた。
ペラペラと適当な雑誌を手に取り読むも、その内容は頭に入らない。
宮田君が帰ってきているらしい。しかもチャンピオンカーニバルを見に来ていたと。
しかし、連絡は無い。
…こうなると、意地でもこちらからは連絡を取りたくなくなるわね。
もとより、あの初勝利の報告から一度も電話はおろか手紙も無かったのだ。こうなると意地である。
と、そこに唐突に携帯からメロディが流れる。私が好きなバンドの、夏を思わせるアップテンポのロックだ。
ディスプレイを見ると、見覚えの無い090から始まる番号からであった。とりあえず、ワン切りの類ではなさそうなので通話ボタンを押してみる。
「もしもーし」
「久しぶり」
名乗りもしない、聞き覚えのある男の声。
こういうことを平気でする知り合いは一人しかいない。私は確信をもって相手の名を呼んだ。
「その声は…宮田君?」
「雑誌見たよ」
相手は否定もせず、肯定もせず会話を続けた。
…せめて一言くらいは名乗りなさいよ。
そう思うも、言ったところで聴かないのは目に見えているので黙殺することにした。
「そりゃどうも。んで、何の用よ」
「ああ… この雑誌のインタビューに載ってたんだが、さん栄養士の免許取ったんだって?」
「そうよ。アンタが海外行ってる間にね」
「それで頼みがあるんだけど…
俺の減量用のメニューも作ってもらえないか?」
「はぁ?」
珍しい。あの宮田君が私に頼み事だなんて。
一寸驚いてる私に構わず、宮田君は話を続ける。
「正直運動だけじゃきついんだ。専門の知識を持ったやつにメニュー作ってもらえればありがたいって父さんとも相談してさ。
――まぁ他のジムのヤツの面倒まで見る余裕があればの話なんだけど」
どこか挑発するような宮田君の物言いに、思わずカチンと来る。
…コレは無理だと思ってるわね。受けてたとうじゃないの!
「別に、今更一人くらい増えてもそう変わらないわよ。一人や二人や三人や四人、私がまとめて面倒見てやるわ!」
「――そりゃ頼もしい」
私の啖呵に、電話口の向こうで宮田君が声を殺して笑う。うあ、ムカツク!
積もり積もっていたムカムカがいっぺんに噴出しそうになりながらも、それを押し殺して宮田君に一番言いたかった台詞を吐く。
「大体ねぇ、アンタ何で帰って来たなら来たって一言くらい連絡しないのよ」
「そんなの約束してないし」
サラリと悪びれもせずいう宮田君に、更に怒りのボルテージが上がる。
「あーのーねぇ! こっちはあの初勝利以来、連絡無くって結構心配してたのよ?」
「そりゃどうも」
「あーーーっ、可愛く無いッ!!」
「男が可愛くってたまるか」
一寸だけむくれた言い方に、コッソリと可愛いななどと思ってしまう。
いかんいかん、こいつはせっかく心配してやってる私を、ほったらかすよーな無愛想なヤツなのだ。
ぶんぶんと首を振って邪念を追い出す。すると宮田君が、ふと思い出したかのような口調で別の話題を振ってきた。
その話題は、私の怒りを取り戻すには十分な内容だった。
「そういや、あの記事にあったな。お前…彼氏いねぇんだってな」
年頃なのにという宮田君。私も負けじと返す。
「その台詞そっくりそのままあんたに返すわよ。何時ぞやのインタビュー記事、私覚えてるわよ〜
『今の俺にはカウンターが恋人』だってぇ? ホントボクシングバカよね〜」
怒りに任せ、電話越しでも遠慮無しにげらげらと笑ってやる。私を馬鹿にした仕返しだ。
「そんなんじゃ、誰か女の子と付き合うことになってもその子がかわいそうよねェ。よっぽどボクシングに理解があるか、心のひろーいコ見つけなきゃいけないんだもの」
条件キビしそー、といってこれまた無遠慮に笑う。すると宮田君はやや拗ねた様子で言ってきた。
「仕方ねぇだろ。俺からボクシング取ったら何も残らねぇんだし。
――それともボクシングに多少は理解のあるお前が、俺と付き合ってくれるとでも言うのか?」
「ええー、私がアンタとぉっ!?」
やや間の空いた後に問われた課題に一度驚いて、その光景を想像してみる。
あの仏頂面とお付き合い。よーするに彼氏と彼女。
駅とかに待ち合わせして、デートに行って。そんで適当な喫茶店で会話を楽しむ。内容はあの朴念仁のことだから当然ボクシング。
ン年前の漫画やドラマのように夕日が沈む海岸で追いかけっこしたり、電車の中で周りのメーワク省みずイチャツク――なんてことは天地がひっくり返っても無理そうだ。
私は想像力豊かにそこまで考え、眉を顰めながら返答した。
「……うっわー 想像つかないわ」
当然、声は我ながら酷いほど嫌気に満ちていた。なおも続けていってやる。
「大体、宮田君が女の子を口説いているシーンですら想像するのが難しいのに、相手がよりによって私?
なんてゆーか… 私の中では有り得ない出来事の一つだわね」
「そこまで言うか、お前」
「だってぇ、正直な感想だしコレ」
そう。正直な感想なのだ。
宮田君は…確かに見た目はイイ。むしろ極上の部類といっていいだろう。
しかしその中身といえば――冷静によく見られがちだが、実際のところは超単純ボクシングバカ。我ながら的確な表現だと思う。
彼の脳みその中身は、九割がたボクシングに汚染されているに違いあるまい。いやむしろ九割九分。
「――」
「……どうしたのよ、いきなり名前なんかで読んじゃって」
唐突に、宮田君が私をファーストネームで呼んできた。
コレは珍しい。とゆーか初めてではないのだろうか?
知り合って以来、宮田君が私を呼ぶのは「さん」といつも苗字で。名前呼びなんて、少なくとも私の記憶には無い。
そう考えていると、ヤツは恐るべき台詞を吐いた。
「好きだ」
「…………はい?」
空耳だろうか?
「愛してる」
「……………あの、宮田君?」
それとも会話している相手が違うのか?
「俺にはお前しかいない」
「………………」
いや、声は確かに当人だ。
「俺の人生には、お前が絶対必要なんだ」
次々と慣れぬ台詞が耳に入る。意識して出しているのだろう。宮田君のいつもよりも低い声が頭に響く。
そこまで言った後、宮田君は沈黙する。そしてそのまま暫らく。鼓動が耳の奥で反響して痛みすら感じるほどだ。
通話の沈黙を破ったのは私からだった。
「――ねぇ、宮田君。アンタ人で遊んでるでしょ」
「当然」
頬を引きつらせながら言う私の台詞に、宮田君は間髪いれず返してきた。
「あーんーたーはーねぇーっっ!!」
顔が妙に熱い。絶対今真っ赤だ。本人が目の前にいなくて助かった。
一気に叫んだ後、二三度深呼吸をして呼吸を整える。
そうすると少し落ち着いてきた。気を取り直して、電話を持ち直す。声が震えないよう、意識を集中しながら一言。
「…ふっ。でもまだまだネ、宮田君。女を口説く為のレパートリーが貧弱よ。
真実味を出すんだったら、そんなお約束の言葉だけじゃ駄目なんだから」
「そういうもんか?」
「そういうもんよ」
かなりウソだ。宮田君ほどの男にああまで言われたら、落ちない女は殆どいないに違いない。
かくいう私だって、宮田君レベルのオトコにこういわれたら、結構ドキドキしてしまうだろう。実際なっているし。
私の言葉に宮田君はふぅんと呟くと、こう言ってきた。
「なるほど。それじゃぁ…こんなのはどうだ?
…可愛いぜ」
「まだまだ」
「強がってるところもそそられる」
「――それで?」
あああああ… アンタ一体いつのまにそんな小技覚えてきたのよ。
落ち着け自分。負けるな自分。
そう自分に言い聞かせていると、電話の向こうで宮田君が小さく笑ったような気配がした。
「ホントは今顔真っ赤なんだろ? 電話越しだからってバレてないだなんて思うなよ」
「――――赤くなんてなってないわよ!」
お、お見通しなのか!? いーや、そんなことは無いはず!!
思わず強く携帯を握り締める私の反応をまるで見ているかのように、声に今までで一番の甘さを含ませて宮田くんが囁く。
「そんな事言ったって…判るぜ。
今その場にいたら抱きしめてるだろうな」
「〜〜〜〜〜〜っ!!」
今のは、キた。正直アレだ。ヤバイ。
そんな無駄にいい声で囁くんじゃないっ!!
気を持ち直せ、自分。相手は私の反応で楽しんでいるだけなのだ。
ちょっぴしオトメ心に響く言葉を言われたくらいで、動揺するな。
「――ふっ、今のはいい感じね」
「…なんだ、あんまり効いてないのか?」
「とーぜんでしょ? まぁそこそこいい線は言っていたけど。
後何か一押しあれば、結構いいんじゃないの?」
正直、今のを面と向かって言われていたら耐えられない。穴を掘って埋まってでも逃げたくなる。
だがこの会話は電話越し。相手に悟られるな、ハッタリをかませっ!!
「とりあえず、こんな不毛な会話は終わり。本題に戻るわよ。
注文のメニューだけど、ひとまず一月分だけでもいい?」
まずは話題のすり替え。コレに宮田君乗ってきてくるかしら?
ともかく、祈るだけだ。頼むから乗ってこい!
「ああ。出来れば早い方が助かるんだけど」
うっしゃあっ、乗ってきたぁっ!
思わず、ぐっと握り拳を作ってしまう。
しかし油断してはいけない。内面の嬉しさを押し殺してあくまで平静に。
「そうねぇ… それじゃぁ明後日ぐらいでいい? 出来たらそっちのジムに届けるわ」
「いや、頼んでるのはこっちだからな。わざわざそこまでしてくれなくていいぜ。
取りに行くから都合のいい時間を教えてくれ」
「うーん… それなら明後日の夕方頃かな? それくらいなら出来上がってると思う」
「わかった、夕方に鴨川ジムでいいか?」
「オッケー」
怒涛のように畳み掛けて、何とかテンポを取り戻す。先ほどまで火照っていた頬も、ようやく冷めてきた。
よしよし。コレで何とかなる。私はコッソリ息をついた。
「んじゃ、もう遅いから切るわね。宮田君も早く寝なきゃ駄目よ」
「んなこと判ってるよ、さん」
「ははは、そうよね」
宮田君の私の呼び方も、いつもと変わらない。もう、大丈夫だろう。
「それじゃぁね、宮田君。お休み」
「ああ。…夢の中で会おうな」
なあ――――ッ!!?
宮田君の本日飛び切りとも思える声での甘い台詞に、声にならない叫びが脳内に響く。
やられたっ! 最後の最後でやられたっ!!
文句を言おうにも既に通話は向こうから切られている。こちらからかけ直してもよいが…今はいやだ。何せ頭の中が真っ白だ。そして顔は熟れたトマトよりも赤いだろう。
流石カウンターの貴公子と呼ばれるだけはある。一安心してたところに、とんでもないモノを残してくれた。
私は携帯を手にしたままヨロヨロと立ち上がり、そのままぱふっとベッドに倒れこむ。うつ伏せに枕に顔を埋めてみたりもした。しかしいまだ頭がクラクラする。
なんだか酷く消耗している。ダメージを予測し損ねて負けたボクサーの気持ちって……こんな感じかしら? そんなどうしようもないことを考える。
そして、私は重要なことを思い出した。その瞬間、絶望にも似たものが身体を巡った。
――明後日、どういう顔で会えばいいのよ。
短時間でメニューを組めといったのは、ひょっとしてこのためか!?
そう思いはしたが、時既に遅し。約束は取り付けてしまっている。
えい、ちくしょう! してやられた。今思えば全て計算されていたように思えてならない。
神様、私なんかしましたか?
普段信じてもいない神様を理不尽に恨んだって、誰からも非難はされないと思う。
多分、きっと。
END
「恋はギャンブル」のヒロインサイドです
サルベージの際タイトル変更
改題前は「palabra inesperado」
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