「俺の昔話ばかり暴露されんのは、不平等だとは思わないか?」
先日甘酸っぱい青春の出来事を暴露させられたその後、木村がこう切り出した。
首根っこをつかまれて何事かと思いきや、そんな話題とは。
一歩と板垣の両名は自分のことを話させる気だろうかとヒヤヒヤした。が――
「鷹村さんにちゃんの事聞きに行くぞ」
…何のこたぁない。単に自分ひとりで聞きに行くのが怖かっただけのようだ。
内心少しばかり呆れながらも、ジムの看板竜巻娘(本人未承諾)――の過去は気になるのか、二人はそれを承諾した。
どーせ最後には巻き込まれるんだから、諦めたとも言うかもしれない。
かくして三人は練習後、鷹村宅へ突撃すると相成った。
ドアベルを鳴らし、待つこと暫し。音を立てて開いたドアから覗いた顔は、ある意味一番今見たくない人物のもので――
「あら、鷹兄に何か用なの三人とも?」
「あ、ああ… まぁ用ッちゃ用なんだけど、どーも日が悪いみてェだからまた後日ってことで――」
「おお、小物どもが揃って俺様に何の用だ?」
「…珍しい組み合わせですね」
「いや…そっちの組み合わせもけっこうレアだと思うよ、宮田君」
「そうですねー。例えて言うなら緑ナンバーの車三台連続って感じで」
「俺らは揃うと不幸になるジンクスか何かかよ!」
「あいたっ! そう思っただけじゃないですか〜〜〜」
不用意な一言で早速被弾する板垣。ある意味正解であるかもしれない。
「ま、立ち話もなんだし…相当散らかってるけど、どーぞ」
『お邪魔しまーす』
「…ちょうど人手も欲しかったしな」
「どういう意味だ、宮田?」
「こーゆー意味だ」
いって部屋の主が示したその先は――これでもかっ!というほど散らかり倒していた。
裸足の女神
鷹村が路地裏で鴨川会長に拾われて――もとい、誘われてジムに通うようになって、暫らく。ようやく少しは会長の言いつけた厳しいメニューを余裕を持ってこなせるようになった頃。
ふと、自分の視界に違和感を感じてちらりとそちらへ目を向ければ、ポツンと一人で女の子がジム内へと視線を彷徨わせていた。
ちょっとばかりその様子が気になり、とりあえず手近にいた八木に尋ねてみる。
「なぁ八木ちゃん、あの隅っこにいるチビ…」
「…ああ、ちゃん? ちょっとワケありの子でね。会長の親類の子なんだけど――」
手短に八木は彼女の名前と事情を話した。
半年ほど前に両親を事故で無くし、親戚に引き取られはしたもののどうにもなじめず孤立していたのを、鴨川会長が引き取ってきたということ。
一応学校には通っているものの、一部の生徒から少々虐められていること。
そういうこともあって、唯一心を許している会長のいるこのジムによく学校をサボって何をするでもなくボンヤリとしている事…
「ま、そういうわけだから…そっとしておいてくれるかな?」
「…事情はわかった」
そう言う鷹村に、安堵の溜息を一つ落とし八木は事務室へと消える。
何となく、バツが悪い感じがして、鷹村はぽりぽりと後ろ頭をかいた。
「…いつもあんな調子だから、気にしなくていいと思うけどね俺は」
「なんだ、チビ。いたのか」
鷹村にチビといわれ――まぁ実際彼よりは随分と背は低いが――ムッとして宮田は返す。
「……いたよ。ずーっと。
あいつ、ここに顔出して以来、ずっとあんな調子でさ。
何度か口きいたけど…なんか、やる気がないみたいんだよね」
「何のやる気だよ」
「全部」
やれやれと、妙に大人びた風に頭を振る宮田。
くるっと鷹村に背を向けて、どこか皮肉気な調子で言葉を紡ぐ。
「まぁ気持ちは判らなくも無いけど…ああいうとき、周りが何言ってもあまり効果ないんだよね。
自分で変えようって気がないと、さ」
「……まぁ、そりゃそうだがな」
それよりも早くメニューこなしたら?――などという、宮田の台詞を耳から耳へと流しながら、妙にの様子が引っかかる鷹村だった。
ある日、からりとした気持ちのいい晴れ方をした空の下を、暑苦しいサウナスーツを着込んで鷹村は走り込みをしていた。
正直、尋常じゃなく暑いが『…出来んのか?』と会長に言われると、どーにも意地でもやってやるという気になってしまう。
いつものコース――土手のジョギングコース――を脳味噌が蕩けるような感覚の中走っていると、元気のいい声が河原のほうから聞こえてきた。
――おーおー… がきんちょどもは無駄に元気だなー…
何とはなしにそう思いながら、視線をそちらへと動かすと――
「ほら、何とか言えよ!」
「それとも、言うだけの頭がねーのかよ〜〜」
「何たって一人だもんな、お前は。一人一人!!」
「やっぱ親なしはダメだな」
『ぎゃははははっ!!』
「……」
数名の男子に囲まれながらも、ただ無言でじっと彼らを睨む一人の少女の姿。
遠目からでは少々判りづらかったが、その服は泥に汚れ腕や脚には擦り傷らしいものが見えた。
「――なるほど。こりゃ、学校に行きたくもなくなるか」
身体だけではなく、心へも傷をつけられては一人で立ち上がるには――小さな少女たるには酷だろう。
ましてや、そう遠くない昔には家族を失っているのだから。それだけでも立ち直るにはどれほどの力を要するか――
随分と最近のイジメっつうモンは陰湿だ、と思いながらゆっくりと鷹村はその現場へと近づいていく。
少年たちは無抵抗のをいたぶるのに夢中でそれに気付かない。
宮田のチビは放っておけって言ってたがよ。流石に見ちまった以上は…な。
「――ガキ共、なーにやってんだ?」
「なんだよ、いいとこなんだから放って――ッ!!!」
「男が女を複数で囲むたぁ…随分なことしてるじゃねぇか」
ニヤリと獰猛な笑みを浮かべると、少年たちは悲鳴を上げながら蜘蛛の子を散らした。流石鷹村、貫録勝ちといったところか。
「大丈夫か?」
「うん」
「偶然通りかかった俺様に感謝しろよ」
「…うん。アリガト、鷹村…さんだっけ?」
「――へぇ。俺様の名前を覚えてたのかよ」
「一応、ジムにいる人の顔と名前は覚えてる」
伊達にずっとジムを見てたわけじゃないし――と、付け加えて、は自分の服についた泥汚れを払う。
「…いつからだ?」
「――転校してから、ずっと」
俯いてボソリと、吐き出すように言う。
「こっちが何言っても、むこうは関係ないって感じだし…
何にも言わないで、好きなようにさせてたら大体飽きて勝手に帰るから…それまで待つの」
「……」
「だから、今日みたいな…こともっ、珍し――くないし…っ」
ぐっと、強く拳を握る。爪がめり込み、小さく肩が震え出す。
「だかっら…私は――一人で、も…平気……っ」
「…じゃねぇだろうがよ」
すっと腰を落とし、目線をに合わせて、鷹村は彼女の頬を包み顔を上へ向けさせた。
「辛いから、泣いてんだろ? 平気じゃないから、涙が零れるんだろ?
強がるのもいいけどよ…いっぺん思いっきり泣いた方が、スッキリするぜ?」
ぽんぽんと、優しく頭を叩かれて――
張り詰めていた何かが切れてしまったのだろう。途端にの目は溢れ、止めどなく雫が流れた。
鷹村の肩に額を寄せ、堰を切ったように大声で――涸れんばかりの慟哭を上げるの背を、そっと撫でてやる。
暫しの後、ようやく嗚咽が聞こえるだけになった頃。
言い聞かせるように鷹村は言った。
「――もうお前は一人なんかじゃねぇんだよ。
何たって、頼りになる兄貴がオメーの目の前にいるだろ?」
「…お兄、ちゃん?」
きょとんと、濡れた大きな瞳を見開いては鷹村を見つめた。
「おお、そうだ。俺様が、お前の兄貴になってやる!」
「…うんっ!!」
その言葉がよっぽど嬉しかったのだろう。
途端に表情は花開き、輝かんばかりの笑顔となった。
「へへっ、そうさ。ガキに一番似合うのはそうやってる顔だ。泣きっ面は辛気臭くてイケねェ」
「お兄ちゃんは、笑ってる顔のほうが好き?」
「そうだな… 泣き顔よりは、そっちのほうが断然好きだな」
「じゃあ私、もう泣かないよ。ずっと笑ってる!」
「おう。ま、無理すんなよ」
小さな拳をぎゅっと握り力説するの頭を、乱暴にわしゃわしゃとかき混ぜる。
それが少々気に障ったのか、首をいやいやと振って鷹村の手を振り払った。
乱された髪を手櫛で整えながら、ちょっとムッとした顔で抗議する。
「お前のことを心配してるヤツは、他にもいるんだからよ。
おせっかいなジジイとか、小生意気な坊主とか…」
「…それ、二人が聞いたら怒っちゃうよ?」
「いーんだよ。憎まれ口くらいが丁度いいんだ」
「変なの〜」
「…ま、とにかくだ。お前にはもう家族だっているんだし、仲間だっている。
これから先、また似たようなことがあったら…まぁやり返せとまではいわねェけどよ、笑って済ませる位は出来るだろ?」
「うん!! 大丈夫!」
「そーか。んじゃ大丈夫だな」
力強く返事を返すに、鷹村は小さく笑って答えた。
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