072:喫水線 case.2/大石秀一郎
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Q1.彼女との付き合いはどのくらいですか?
うーん… 多分生まれたときからじゃないのかな?
俺の両親と彼女の両親とが友人関係でね。気がついたときには一緒にいたからさ。
要するに幼馴染なのかな? 家族ぐるみの付き合いだし、家も近いからよく遊びに言ってるし。
幼稚園や小学校のときなんか習い事まで一緒だったよ。
今ダブルスのペア組んでる奴から、お前らって似てるなって言われたこともあったっけ。
そしたら彼女は、
「昔っから一緒にいるからね。似てくるのも当然さ。
秀は半分家族みたいなもんだよ」
って笑いながら言ってね。
俺としてはちょっと複雑だったな。
Q2.彼女のことをどう思いますか?
彼女のほうは「家族」って思ってくれてるみたいだけど…
俺は「女性」として好きなんだよな。
そりゃもうほとんどずっと一緒にいるからいろんな感情が入っているのは確かなんだけどさ。
…彼女の母親ってね、中学入ってすぐに交通事故で亡くなってるんだ。
父親は考古学者さんで一年中世界中を飛び回っていて殆ど家どころか日本にもいない。
それなのに彼女は弟たちの面倒も見ながら、男テニのマネと生徒会の副会長もやっている。
いつ見ても忙しそうにしているから、見ているこっちが逆に心配でね。
折に触れては大丈夫かって尋ねてるんだけど、その度に彼女はこういうんだ。
「あたしはこのくらい忙しいくらいが逆にちょうどいいのさ。なんだか自分が生きている実感が得られるし。
ほんとに疲れたら、そのときはちゃんと休んでるから大丈夫だよ」
確かに、忙しそうにやってる彼女は誰の目から見ても生き生きしているんだけど。
もう少し俺を頼りにしてくれてもいいのにって思うのは、我が侭なんだろうね。
Q3.彼女のことを好きになった理由は?
理由かい? 結構沢山あるんだけどなぁ…
俺の場合初恋がずっと続いているようなもんだし…
ピンポーン♪
すっかり日も暮れて、それぞれの家から夕飯のいい匂いがなんとなく感じられる時間帯。俺は幼馴染の彼女のうちのベルを鳴らした。
彼女の名前は。小さなころからずっと一緒にいる俺の幼馴染だ。
暫くすると、ばたばたという音と一緒にがちゃりとドアが開く。
「やあ、ちゃん」
「おや秀。どうしたんだい、こんな時間に」
おそらく夕飯の片付けでもしていたのだろう。ラフな私服にエプロンをつけている。
その彼女に少し大きめのビニール袋を手渡す。
「親戚から野菜を沢山もらってね。少しだけどおすそ分け」
「少しって、ずいぶん沢山あるじゃないか」
何が入っているかを確認するように、渡された袋を覗き込む。
「今年は野菜が高値で苦労してるからありがたいよ」
得したとばかりにホクホクとした様子で嬉しそうに言う。
単なる家のお使いでこんな彼女の顔が見れるなら安いものだ。
「せっかく来たんだからあがってお茶でも飲んでいきな。時間大丈夫かい?」
「ああ、大丈夫だよ。それじゃ少しだけお邪魔しようかな」
彼女が開けてくれたドアをくぐり、お邪魔しますと一言言って靴を脱ぐ。
「先に居間の方に行っといておくれ。ちょいと二階に言ってくるから」
そういっては二階への階段を上っていく。勝手知ったるなんとやらで、彼女の家の間取りはほぼ完璧に知っている。
言われたとおりに居間で待っていると上の方で大きな声の様なものが聞こえた。ややあってどたどたと騒がしく階段を駆け下りる音が二組聞こえてくる。
そしてその音が近づいてきて――
『秀兄ちゃん!』
「二人とも久しぶり。元気にしてたかい?」
元気な声がユニゾンする。ちゃんの弟君たちだ。ワンパク盛りでいつも元気がよい。
「秀兄ちゃんなんでこんなときに来るんだよー」
「そうだぜー。せっかく久々にハイスコア狙えそうだったのにさー」
「ええっ!?」
口を尖らせ次々に文句を言いながら俺の頭やら背中やらを叩く。そこにちゃんが現れて一喝する。
「ぐちぐち文句言うんじゃないよ。姉ちゃんはお客様をもてなさなきゃいけないんだから片付けはあんた達二人でやること!」
「ええーっ! お客ったって秀兄ちゃんだったらいいじゃん別に」
「そうそう。秀兄ちゃんいい奴だからついでに俺たちの分までお茶入れてくれるぜ?」
「うん。それぐらい俺やるよ、ちゃん」
「阿呆か、あんた達は!」
ごんっ!
言うと同時に、兄弟二人の脳天にちゃんの必殺チョップが振り下ろされる。
相当に痛かったのか二人とも頭を押さえて、畳にうずくまっている。
いや… 今のは確かにいい音したもんなぁ…
「秀だったら実際やりかねないんだからそんなことは言うんじゃないよ! 秀もそんなに簡単に了承したら駄目だろ!」
「だからってあんなに勢いよくチョップを食らわさなくても…」
「そうだそうだ! 姉ちゃんの横暴!」
「姉ちゃんのアホ! 何もリセットボタン押さなくてもいいだろ!」
「やかましいっ! そんな事言うなら来月の小遣い減らして明日の夕飯はピーマンづくしにするよ!」
「さっ、サクサクと片付けを終わらせようか弟よ」
「うん、兄ちゃん。姉ちゃんの手伝いをするのは弟として当然だよね」
ちゃんの脅し文句にあっさり態度を翻して二人仲良く台所へと消える。
よっぽどピーマンづくしがいやなのか、小遣いカットがいやなのか… それとも手刀を構えていたちゃんが怖かったのか…
多分全部だな、きっと。
「さて、五月蝿いのも消えたし。…ちょいと悪いけどあたしの部屋までいいかい?」
一つ大きく息を吐いて、ちゃんは天井を指差す。
「もちろん、かまわないよ」
「悪いね。手間取らせる分いいお茶菓子出すからさ」
そう言ってお茶の準備に彼女も台所へ消える。
ちゃん… 何か悩みでもあるのかな?
彼女は、居間ではなく自分の部屋へ来てくれと言った。俺たちの関係上、部屋へ誘うこと自体は珍しくはないけど、さっきのようにやや言いにくそうにしている彼女は珍しい。
一度居間に通してそれからまた自分の部屋に誘うなんてややこしいことは普段の彼女ならしない。ストレートに自分の部屋に誘ってくれる。
そうやって考えながら歩いていたらいつの間にか彼女の部屋の前まで着いた。
「おや、まだ入ってなかったのかい秀?」
後ろから声をかけられ振り向くと、お茶セットを両手に持ったちゃんがいた。
「幼馴染とはいえ、女の子の部屋に入るのにはちょっと勇気がいるんだよ」
「あんたらしいねぇ。あたしは別に気にしないのに」
苦笑する彼女に、そんなもんだよといいながらドアを開けて脇へと寄る。
「ありがとね」
「いえいえ」
後ろ手にドアを閉めて、久々の彼女の部屋を見渡す。相変わらずきれいに片付けられていてさっぱりとした部屋の印象を受ける。
部屋の中央にあるローテーブルに座り、配られる麦茶をありがとうと受け取る。
「それで… ちゃんは何を悩んでいるの?」
単刀直入に聞いてみた。
すると彼女は少し驚いた顔で俺の顔を見て、やがて溜息をついて顔を背けた。
「やっぱり秀にはお見通しか…」
「伊達にずっとちゃんと一緒にいないよ」
いってお茶を一口飲む。お客様用の玉露の香りが口の中で広がる。
昔からちゃんは言いづらいことがあるといつも少しだけ回りくどくなる。普段気風がいいだけにその変化は俺にはかなり分かり易い。
暫く言い難そうにしていたが、ややあって少しずつ話し始めた。
「手紙をもらったんだよ、今日」
「手紙?」
「そ。帰るときに下駄箱に入ってた」
「それって…」
「あー… まぁ、それだよ」
自分でいっといてちゃんの顔は真っ赤である。
あまり皆には知られていないが、彼女はこういった話に弱い。普段は「そんなことは興味ないねぇ」とかいっているけど、それはちゃんなりの誤魔化し方なのだ。どうやら自分は異性に好意を持たれる様なタイプではないと勝手に思っているらしい。
しかし実際にはその面倒見の良さと慈愛性とで、主に下級生を中心に男女問わずかなりの人気を持っている。事実あの越前でさえちゃんには懐いているし、こっそり教えてもらった乾のデータには彼女に密かに思いを寄せる生徒の予想数が書いてある。
まあ、乾がそんなデータを俺に見せてくれたときにはかなり動揺したけど。
「断ろうとは思ってるんだけど… 相手が相手でねぇ」
「よく知ってる奴だったのか?」
「ああ」
いいながらお茶請けのおかきをつまむちゃん。
よく知っている奴… まさかテニス部の誰かとかか?
「俺の知っている奴?」
「うーん… どうかな…
今年の生徒会の生活委員長知ってるかい?」
「うん、一応。確か二年生だよね」
「そいつからだったんだよ。よく面倒を見てたんだけどね、こっちの言う事をちゃんと聞いてくれるいい子さ。
あたしのどこがいいのか判らないんだけど、よかったら返事をくれって書いてあったんだよ」
「そっか…」
そういえば今年の生活委員長、確か近頃ちゃんとよく一緒にいたような気がする。
仕事上で一緒にいたのだろうと思っていたけど、今の話を聞くとどうもそれだけではなかったようだ。
「でも断るなら何で悩んでいるんだい?」
素直な疑問をそのまま口に乗せる。優しい彼女のことだろうからその答えは想像に難くないけど。
「あいつのことは後輩としか思ってないんだけどさ… 断ったら気まずいじゃないか。生徒会でよく顔をあわせることだしね。
それに… あんまり傷つけないで断る方法ってのが考え付かなくてさ」
ほら、やっぱり。ちゃんのことだから多分そういう事だろうと思ったけど。
「普通に断ったらどうかな?」
「でも… それじゃぁ――」
「そいつはちゃんを好きだって言ってるんだろ? なら少なくともその気持ちには誠意を込めて返事をしなくちゃ。
たとえそれが断りの返事でもね。それが礼儀ってもんだよ。
俺としては、ちゃんらしくびしっと断ってあげた方がいいと思うんだけど」
もし自分がその立場ならそうするよといい加える。
そうするとするとちゃんはなぜか唐突に笑い出した。むしろ何というか…大笑いだ。何か可笑しな事でも言ってしまったのだろうか。
「な、何でそんなに笑うんだい!?」
「い、いやっ… ごめん! 悪気はないんだよ。
ただ、ただね。あんまりにも今日自分が言った台詞と似てたもんだからさ――」
言いながらまだ笑っている。どうもツボにハマってしまったらしい。
「そうだよね。うん、そうだよ。
断るにしたってびしっと断った方があいつの為にもなるってもんさね」
「よく分からないけど… ちゃんが納得してくれたならよかったよ」
苦笑してもう一度お茶を啜る。
「本当、ありがとうね秀。明日きっちり断ってくるよ。
やっぱりくよくよ悩むのはあたしの柄じゃないね」
「そうだね。俺も元気なちゃんが好きだよ」
「はははっ! よしとくれよ、照れるじゃないか」
微かに頬を染めながら照れ隠しなのだろう、ローテーブルをバシバシと叩く。
本気なんだけど、やっぱり通じないか…
まあ、今は多分彼女に一番近いのは俺だろうからいいけどね。こうやって相談してくれるのもものすごく嬉しいし。いつかは幼馴染から卒業したいけど、それも難しそうだな。
「こりゃ大変だ」
「ん? 何か言ったかい、秀」
「いいや、なんでもないよ」
彼女の質問を笑って誤魔化して、残っていたお茶を飲み干した。
理由って言っても俺の場合初恋がずっと続いているようなもんだし…
それに好きな気持ちなんて理由がなかなかつけられないよ。
Q4.最後に、彼女はあなたにとってどんな存在ですか?
例えて言えば空気…かな?
いつもそばにあって絶対に必要なもの。
そんな感じなんだ。俺にとっての彼女はね。
アンケートにご協力いただきありがとうございました。
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