072:喫水線 case.1/手塚国光
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Q1.彼女との付き合いはどのくらいからですか?
中学入学したときからだな。一年の時に同じクラスになって以来ずっと一緒のクラスだ。
偶然席が隣で… 当り障りのない話をしていたときに、幼馴染に誘われて男子テニス部の
マネージャーとして入ると言われたときには、正直少し呆れたがな。
お前の自主性はどうしたとな。
そうしたらあいつは笑っていったよ。
「あたし人の世話をするのが好きでね。マネージャー業はうってつけだと思うんだ。
どこかのマネージャーになろうとは思ってたからむしろちょうどいいんだよ」
まったく… この台詞を聞いたときには何も言い返せなかったな。
その目にはまったく迷いがなかったし、何よりうれしそうだった。
Q2.彼女のことをどう思いますか?
そうだな… よく出来た人物だと思うぞ。
誰にでも分け隔てなく接するし、気も利く。与えられたものは最後までその責任を全うするしな。
正直に言って、俺が生徒会長と男子テニス部の部長の兼任が出来ているのもあいつのお陰でもある。
会長選に推薦されて、当選してしまったときに俺は少し途方にくれたんだ。
あのころにはすでに時期部長として竜崎先生に言われていたし、その心構えも会った。
しかし流石に生徒会長までなるとは予想もしていなかった。
悩んでいる素振りなぞ見せていないつもりだったんだが、あいつにはあっさり見破られてな。
「手塚、悩んでるくらいならやりたいんだろ? あたしでもサポートくらい出来るからやってみたらどうだい?」
あっさりと言ってのけられたよ。
生徒会長には執行部の人事権限があったからその言葉に甘えて、副会長の任についてもらった。
今ではあいつがいないと青学の生徒会は機能しないな。
Q3.彼女のことを好きになった理由は?
難しい質問だな… そう自覚したのはつい最近のことだしな。
強いて言えば、やはり――
「手塚!」
「――なんだ、か」
夕焼けが窓から差し込んでいたある日の放課後のこと。
よく知った声に俺は呼び止められた。立ち止まり、廊下を駆けてくる声の主を待つ。
彼女の名は。俺のクラスメートで男子テニス部マネージャー兼生徒副会長だ。
「廊下は走る場所ではないぞ」
「少しはいいだろ? あんたに用事があったんだからさ」
「それで? 俺に何の用だ」
が追いつくのを待って再び俺は昇降口に向かって歩き出す。
それに従うように、少し早足で彼女も並んで歩く。
「いやね、あんたのハンコが欲しかったんだよ。
文化部の活動助成費の書類〆切今日まででね。絶対に今日付けのハンコが欲しいんだ」
そういって彼女は手に持っていたその書類を俺の方に向けた。
確かに今日の日付までで、期日厳守と書いてある。
「珍しいな… お前が〆切ギリギリで慌てるのは」
「いや、うっかり各文化部に催促するのを忘れていてね。ほとんどの部は出してくれたんだけど演劇部が、ね」
「…なるほどな」
提出書類遅刻常習の演劇部か―― そろそろペナルティでも考えた方がいいのだろうか?
そんなことを思いながら俺はひとまず立ち止まって通学かばんの中からハンコを取り出す。
差し出された書類を受け取り、規定の場所に捺印する。数度紙を振って、それが乾いたことを確かめてから書類をに渡した。
「悪かったね呼び止めて。帰るところだったんだろ?」
ほっとしたようにその書類をフォルダに挟んで、かばんに直す。
「それは提出しなくていいのか?」
「ああ大丈夫さ。取りあえずハンコさえあればいいって話だからね。これで仕事が終わったからあたしも帰れるよ」
「――いつも済まないな。生徒会の方で何か変わったことはあったか?」
「いや、この書類のことぐらいさ。手塚こそテニス部のほうはどうだったかい?」
「また海堂と桃城が揉めていたからグラウンドを走らせた。それぐらいだな」
「いつも通りだね… 相変わらずうちの部員どもは」
は苦笑しながらやれやれと首を振る。
それからしばらく生徒会のことやテニス部のことを話しながら歩いていると、いつのまにか昇降口へとついてしまった。俺にしては珍しいことだ。
まあ、はほかの女子とは違い落ち着いているし、群がってこちらに向かってくるでもない、女子としては普通に話せる数少ない人物だ。
話していて気苦しさもない。それどころか妙に落ち着きさえする。
「手塚? 何ボーっとしてんだい」
不意に声をかけられ、初めて自分が思考の谷間に陥っていたことに気付く。
「あんた疲れてるんじゃないのかい? 少し無理してないだろうね?」
「いや、問題ない」
心底心配そうに、こちらに視線を向ける。それが妙に気恥ずかしく、それをはずすために、やや早歩きで自分の靴箱へと向かう。
どうにもには俺の情けないところばかりを見られているような気がする…
そう思いながら靴箱のふたを開けると――
「おや、今日も入ってるね」
「――!」
後ろから聞こえる声に慌てて振り向くと、覗き込むようにが首をかしげていた。
「流石青学一の男といわれるだけはあるねぇ。通算何枚目だい?」
「…もう数えるのが馬鹿らしくなるほどだ」
「ははっ! それは凄い」
いって彼女は強く俺の背中を数度叩く。バイタリティー溢れるの攻撃はなかなかにきつい。
溜息をついて少しの背中の痛みを吐き出し、中に入っている封筒を取り出す。
シンプルな形の桜色のそれは、お約束のように封にハート型のシールをつけていた。
表に返してみると、丸文字で「手塚国光様」。封筒には差出人の名前はどこにも書いていない。
「人へ手紙を出す礼儀として、差出人の名前くらい表に書くものだろう…」
「――ま、その類いの手紙には書きにくいものさね」
口元に手を当て、こみ上げてくる笑いを隠そうともせずにがそう言う。
「それを書くのにだって相当の気合と根性が要るんだ。
ああそれから手紙は捨てるなんて事せずに見なよ。多分何処かに来てくれって書いてあるだろうけど、ちゃんと行ってやんな。
承諾するか断るかは別として、それも礼儀のうちさ」
「人事だと思って…」
もう一つ盛大に溜息をつき、その手紙を学ランのポケットへとしまう。
靴を取り出し、履き替えていると――
「……おや、まあ」
妙に間の抜けた声をがあげた。
何事かとその声がした方へ身体を向けると、が手に一つ何かを持っていた。
薄いブルーの四角い封筒。
そして表面に少し震えた文字で書いてある「様へ」という言葉。
「あたしも人事じゃなくなっちまったよ」
夕日がの顔を照らす。
彼女の顔がやや赤く見えるのは、多分陽の光だけではない。
「うわー… こんなのはじめて貰ったよ。なんだか妙に照れるねぇ…」
半ば呆然として、しげしげとそれを見つめる。
「世の中には変わり者もいるもんだね。あたしなんかのどこがいいんだろう?」
心底不思議そうにそういっては首をひねる。そんな彼女を見て反射的に言葉がついて出た。
「誰だかは知らんがそいつは見る目があると思うぞ」
「――え?」
はっとして口を押さえる。
な、何をいったこの口は!
「どういう意味だい、それは?」
急な台詞に戸惑うようにが聞いてくる。
それもそうだろう。普段の俺のキャラではない言葉なのだから。言った俺本人が一番驚いている。
「あー… それは、その…
少なくとも外見だけを気にしているチャラチャラした連中より、断然のほうがいい女だと俺としては思うぞ」
こうなれば自棄だと心の奥底にあった言葉を紡ぐ。
そして最後に、個人的な意見だがな、と付け加えてくるりとに背を向ける。
耳が熱いのは妙に強い夕日のせいだと信じたい。
自分でいった台詞が信じられず、ぐるぐると思考が回る。
確かには俺の中でほかの女子とは違う存在だ…
ずっと一年のころから同じクラスだったせいもあって話しやすいし、気心が知れているといって過言じゃない。
俺の足りないところをちゃんと補ってくれる、二人といない……
……二人といない……大切な……
――……ひょっとして。
これが”好き”というものなのだろうか?
唐突に。本当に唐突に。
結論に至った。
こんなにはっきりと人を好きだという自覚が生まれたのは初めてだ。
「ビックリ――した」
がそういった。その声は唖然としている。
「あたしあんたとそれなりに付き合い長いつもりでいたけど…
手塚でもお世辞言えるんだねぇ」
そこか! ビックリしたところは!!
妙にシミジミというに対してそう突っ込んでやりたい気分になる。
しかしこれ以上俺らしからぬ行動をとるわけにも行かず、そこをぐっと堪えた。
「俺も人間だぞ」
「いや、そう言うつもりはなかったんだけどさ。なんとゆーかあんたサイボーグっぽいし」
「なんだそれは…」
どっと疲れて靴箱に片手をつき、体重を乗せる。
普通今みたいな事を言われて、結論がそこに行き着くか?
しかもサイボーグって何なんだ、サイボーグって。俺はお前に人間と思われてなかったのか?
「まあ、サイボーグってのはおいといて。お世辞にしたってうれしいよ手塚」
気を取り直して振り向くと、やわらかく笑いながら彼女はそういう。
不覚にもその表情に、一瞬見惚れた。
身動きが取れずにいると、はその手に持っていたそれを大事そうにポケットへとしまった。
「あたしの方にも差出人の名前が書いてなかったけど、ちゃんと断ってくるよ」
「誰かもわからないのに、もう断ると決めているのか?」
「だって今はそんな色恋に構ってられるほど暇じゃないよ。それに興味もないしね」
あんただって似たようなもんだろ? とが笑いながら言う。
「――今は相手による」
ぼそりと独り言のようにつぶやく。
それを耳ざとく聞いていたのか、これまた驚いたようにヘエ!と彼女が声をあげた。
「あんたの御眼鏡にかなう様な子ならさぞかし可愛い子なんだろうね」
そんな子がいるなんて意外も意外だとなかなかに失礼なことを言いながら、彼女は靴をはく。
ここまでそれとなく言っているのにまだ判らんのか。
流石に興味がないと言い切られては、今ここで直接言う度胸は残念ながら俺にはない。
大体俺だってほんの先ほど自覚したばかりなのだ。
……これは結構な長期戦になりそうだ。
「まあ、恋愛も部活とおんなじ青春だし。若いうちに経験しといて損はないよ」
「…年よりくさいぞ、」
「あんただけには言われたくないね」
お互いに顔をあわせて、同時に笑う。
「んじゃ、帰ろうか手塚」
「ああ。途中まで送ろう」
自覚した。それで十分だ。
おそらくどんどん欲求は膨らむだろうが。
一歩ずつでもいいからもっとよりお前との距離を縮めよう。
まずは今日一緒に帰るこの時間分を――
まあ強いて言えば、やはり――全てだろう。
少しずつ、一つずつ好きになったんだ。
どれが一番の要因かはわからん。
Q4.最後に、彼女はあなたにとってどんな存在ですか?
かけがえのない存在だな。
好きな相手としても、友人としてもだ。
それは変わらない。
アンケートにご協力いただきありがとうございました。
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