Seventh Heaven
2/2: Set in -1-
ふと気が付くと、様々な物が散らばったままのベッドの上だった。起き抜けのぼやけた思考のまま、きょろきょろと辺りを見回してみる。
亀裂の入った手鏡、砕けてしまったプラスチック、焦げ跡のある絵本、個装されたキャンディ。
手の中には固い感触があった。そっと開いてみると、紅く薄汚れた小さな水晶柱がある。それを見て、ようやく自分自身が昨晩何をしていたのかを思い出した。
事態の打開策として、言峰と既知であるという少女が、体内魔力を別のものへ移し変えるという手段を提案し、それが成功したのだということ。
そして彼女が帰った後好奇心に任せて、自分自身の身の回りのものに次から次へと試していったということ。
一体どこまで力は注ぎこめるのだろうかと、一心不乱に水晶へ移し変えていたということ。
記憶があるのはそれまでだった。恐らくはその最中に意識でも途切れ――ベッドの上に座りながらやっていたので、そのまま昏倒してしまったのだろう。床や椅子に腰掛けてやっていたら、多分もっと体調が悪くなったはずだ。
そこまで考え、端と自分の姿を見返す。袖はぶかぶか、スカートは緩々。柔らかいベッドの上に立ち上がればすとんと布が落ち、その代わりにシャツが膝ほどまでに下りてきた。
「――元に戻ってる!!」
言って、はきゃあ! とその場で飛び跳ねた。身体が軽い。確かにちょっと疲れているけど、馴染んだいつもの身体である。『自身の魔力を他のものへ転換する』という行為は有効であるということが証明されたのだ。
喜びと達成感に包まれていただったが、胃の辺りのキリキリとした痛みで現実に感覚を戻される。胃の壁に針でも刺されているような、そんな痛みだ。
ふと時計を見てみれば夜の七時。昨夜の作業は覚えている範囲で十時くらいまで記憶があるので、恐らくはほぼ丸一日眠っていたことになる。
「…そっか、おなかイタイのはおなかが空き過ぎてるからか」
原因が判ればそれを解消するだけだ。空腹であると自覚した途端にぐう、と派手に音を鳴らし始める。咽喉もカラカラだ。
この時間はいつもであれば夕食時であるが、言峰はあまり食に拘らないようだし――ただし麻婆以外――ランサーなどはわりと食べる機会が多いが、彼は最近よく教会を留守にしている。ギルガメッシュは別の食べ口があるとか何とか。
それでも食堂へ行けば何かあるだろう。調理済みのものがなくとも、材料があれば多少の食事は作れるようになっているし。そこまで考えて、はうんと頷いた。
ブカブカのシャツを脱いで、身体にあった洋服に着替える。水晶は服の袖で拭って綺麗にし、スカートのポケットにしまった。続けて寝癖のついた髪をブラシで梳かした後、電気を消して部屋を出る。途中洗面台に寄って顔を洗い、一路食堂へ。
誰もいないであろうと思っていたが、意外にも電気がついていた。どうやら先客がいるらしい。それは入り口の気配に気付いたのか、ふっと顔を向ける。
「――戻ったようだな、」
「うん! ほんとよかったよ〜 でもギル様がこんなところにいるの珍しいね」
「いては悪いか、雑種」
「ううん、悪くないよ! ギル様ごはんまだ?」
「今日はまだ食しておらぬな」
そっか、と相槌を打って、はまず炊飯ジャーの確認をする。残念ながら空っぽだった。次にテーブルへ目線を移し、パン類の所在確認。こちらもバスケットの中はカラ。ギルガメッシュがどことなく恨めしげにそれを睨み付けていた。
食品棚を捜索すれば乾物――パスタがあった。レトルトではあるがミートソースもある。
「じゃあ一緒にごはん食べよ。スパゲティでいい?」
「うむ」
鷹揚に頷くギルガメッシュ。彼は手伝う素振りもなく、それが当然だとばかりに堂々とテーブルに陣取った。
も英雄王の助力など期待していない。何しろ彼は以前米を洗剤で洗おうとした猛者である。『王は厨房などに入らんものだ』とか言っていたが、まあダメな人だという印象は拭えない。
その点、ランサーはそれなりに出来た辺りポイント高いなーと思ったものだ。特に焼き魚は程よく火の通った身と絶妙の塩加減で、えらく感動したものである。
そんな事を思い出しながら、湯が沸く傍らでソースの準備だ。野菜棚から小さめの玉葱を一つ取り出す。少々覚束ない手付きながらも、薄めのくし切りに切りそろえた。
別口のコンロに火を入れ、小鍋をその上に置く。熱されてきたところでバターを入れ、よく溶かした後に玉葱を放り込んだ。半透明に透き通るまでいためた後、ミートソースの袋を開けてその中に追加する。火を強火から中火にまで弱め、くつくつと沸騰させる。
そこまで終える頃にはフライパンに張った水が沸いていた。本来ならば高さのある寸胴でたっぷりとした湯でゆがくのがよいのだろうが…如何せん身体のサイズに無理がある。鍋だけならばともかく、湯を張ったそれは扱えない。成長した時であれば可能だったかもしれないが、今は無理だ。
グラグラと煮立ったところで塩を投入。続けて二人前より少し多目のパスタを入れた。麺同士がくっつかないように、少しの間クルクルと菜箸で混ぜる。
湯で時間は10分ほど。タイマーを仕掛け、茹で上がるその間に今度は食器の準備である。クルリ、と身体を反転させると、いきなりバチンとギルガメッシュと目線が合った。
「…ギル様?」
「なんだ。我に声をかけるなど不遜であるぞ」
「え、うん、ごめんなさい」
何故か不機嫌に怒られる。ワケが判らないがとりあえず少女は反射的に謝った。
先程は声をかけたところで何も咎められなかったというのに何故なのだろう。
しかしこの英雄王と来たら気紛れにも程があるので、まあこんなこともあるさと無理矢理は自分自身に納得をさせた。
とりあえず彼については意識の外に置くとして、食器棚に向かう。広めの皿を二枚取り出し、フォークも引き出しから出した。それらをトレイの上に乗せて再び調理台へ。
飲み物は自分はミルクでよいが、ギルガメッシュはどうだろうか。いつものように食後にコーヒーでも入れれば… と準備に余念がないが、どうにもチクチクと背中に突き刺さるものがある。先刻の事からして、どう考えてもギルガメッシュがの行動を目線で追っているようだ。
……なんで?
気紛れ王の思惑など判らないが、どうにも居心地が悪い。彼もまた空腹で、早く出来上がらないかと無意識にそうしているのだろうか。
しかし、わけを訊こうと声をかければまた理不尽に責められるような気がしたので、取りあえずは無言で準備を続けた。
タイマーから電子音が鳴る。それを止めて、麺の湯で具合を一本取り出して確認した。程よく芯が残っているアルデンテ状態を確認し、火を止めザルにお湯ごと流す。手早く湯切りし、オリーブオイルを一垂らしして馴染ませ、皿の上に盛り付ける。配分は2:1だ。
次はソース。こちらも程よく水分が飛んでいた。レトルトのままだとどうにも水っぽいので、最近はこうして一手間加えることもある。味見をしつつ、塩胡椒で整えて、とろりとしたそれをスパゲティの上へ。
用意の出来た二皿をトレイに乗せて、食事台まで運ぶ。量の多い方をギルガメッシュへ、もう一方を自分へ。フォークをその前に置いて準備完了だ。
「おまたせー」
「うむ」
よいしょ、とが椅子にかける頃には、既にギルガメッシュは食べ始めていた。も「いただきます」と両手を合わせてそれに続く。
クルクルとスパゲティをフォークに絡ませて口へと運ぶ。ソースが飛ばないように細心の注意を払いながらだ。悪戦苦闘するを他所に、ギルガメッシュは意外にも涼しい顔して完璧に食べこなしている。何故だか無性に悔しかった。
がごちそうさまでした、という頃には眼前の男も食事を終えていた。彼女の倍量あったはずだが、スピードが違うのだろう。
二皿を下げ、流し台に置く。棚からカップとインスタントコーヒーを取り出して食後の飲み物の準備だ。少し濃い目のブラックが確か好みだったっけ? と思いつつ、コーヒーを淹れる。出来上がったそれをギルガメッシュの前に置くと、それを彼はやはり無言で受け取った。
さて、次は自分のミルクを――と、冷蔵庫へ足を向けた時、
「いい匂いがすると思ったが…食いっぱぐれたか」
と、聞き覚えのある声が部屋の出入り口のほうから聴こえてきた。
- PRIMO / Kyoko Honda -