Seventh Heaven

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2/2: Set in -2-

「よう、。元に戻ったみたいだな、よかったじゃねえか」

 いつもの気さくな軽い調子で、ランサーはへと手を振る。テーブルに陣取っているギルガメッシュには見向きもしていないのが彼らしい。

「お帰りっ、ランサー! 外、寒くなか――」
「んー、まァ冬だしな…って、どうしたよ嬢ちゃん」

 昨日一日彼の姿を見ていないので、何となく会えたことが嬉しい。は駆け寄り、ランサーの顔を見上げ――はっと息を飲んだ。
 その急な行動の変化にランサーは訝しげに首を捻る。少女はじっと槍兵の顔を見据えてポツリ、と疑問を口にした。

「…ねえ、ランサー。お外で何してるの?」
「……色々とな。面倒事ばっかりだ」
「どこか怪我してるでしょう?」
「――――」

 ぎゅっと彼の手をとって、は尋ねた。その問い掛けに、彼は表情なく無言で迎える。
 ランサーの手は酷く冷たかった。幾度か触れたことのある常の彼の体温は、もう少し温かみのある感じだったはずだ。よくよく顔色を見れば血の気が薄い。
 今まで外で何をしているのか尋ねた事はなかったが、思わず口から零れた。怪我をしているのでないかというのは、勘である。突拍子もないものかもしれないが、妙な事に確信に似た何かがあった。

「…キレイに治してもらおう?」
「――アイツは今接客中だ。オレらが入る事は許されていない」
「でも、でもっ――」
「大丈夫だ。これくらい、死ぬようなモンじゃねェよ。
 ……それに、この事はお前には関係のないことだ」
「――っ」

 ランサーの言葉は、はっきりとを拒絶していた。真剣な表情をし、目は冷たく彼女を見下ろしている。それに反比例するようにかあっ、と少女の瞳に熱が走った。ジワリと視界が歪む。
 ――だが泣くわけにはいかない。それは卑怯なことなのだとはどこかで悟っていた。
 蒼身の男の手を離し、ぎゅっと握り拳を作る。涙を堪えるよう、眦に力を込めた。唇を真一文字に結び、挑むようにランサーを睨み返す。

「…素直に泣かれる方がマシなんだがなァ」

 はあ、と大きく溜息をつくとランサーは膝を折って目線を彼女と同じに揃える。いつもと同じように、の頭をポンポンと叩いた。

「嬢ちゃんの言う通り、確かに怪我はした。だがもう塞がってるし、なんともねェよ」
「…うん」

 完全な納得は出来かねたが、本人がそういうのであれば信じるしかない。コクリ、と頷くと、ランサーの手はぐしゃぐしゃと彼女の髪をかき混ぜた。
 ちらちらと髪が視界を遮断する。彼の手を払おうと首を振ろうとする前に、その手の動きが止まった。
 それと同時に場の空気が止まる。ランサーが立ち上がった。何事かと辺りの様子を探ってみれば、コツコツと足音を響かせつつ人影が入り口に現れるところだった。

「――ここにいたか、ランサーよ」
「そっちは終わったのか?」
「ああ」
「こっちは見ての通りだ。塞ぐのに多めに魔力消費した」
「判った。では、詳しい話は別で聞こうか」

 には判らぬ会話を交わし、そうして二人は室内を出ていこうとする。
 魔力の消費――ランサーはそういった。拙い知識ではあるが、魔力は魔術によって消費されるものだという事は何となく判っている。
 そして先程の口ぶりから考えるに、彼の消耗はそれが原因らしい。という事は、魔力があれば元気になるのだろう。

「――待って!」

 とっさにそう叫んで、彼ら二人の元に走る。言峰は気にも留めないようにそのまま歩いて行ってしまったが、ランサーは立ち止まってくれた。ほっとしながら、は彼の手にポケットから取り出したものを押し付ける。

「――嬢ちゃん、これは?」
「魔力がいるんだよね。使えるかわからないけど、それあげる」

 昨夜の転換で、もっとも自身の内にあった力を注いだのがこの水晶だった。
 ドロップにもそれなりに魔力は入ったが、慣れるまでの間この水晶を使用していた。最後には原点に立ち返り「一体どこまではいるのか」と挑戦し、気を失う程だったのだから、恐らくはそうだろうと思う。中にどれだけ入っているのかなんて判らないが、現時点で何かランサーの手助けになれそうなものはこれしか所持してない。
 まじまじと男はそれを見ていたが、ぐっと拳の中に収め――力を込めた。ぱきん、と乾いた音が立つ。どうやら砕いたらしかった。そして固めたままの手を口元へと運び、欠片を口の中に放り込む。
 その行為にはギョッとしたように身を縮こまらせたが、ランサーはといえばそれを躊躇なく飲み込んだ。

「――結構楽になった。サンキューな
「う、うん」

 言って笑顔を残し、ランサーは言峰の後を追う。その言葉通り、先程よりは調子がよさそうに見えた。
 半ば呆然とそれを見送りながら、ぐるぐるとは考える。

 水晶はああも簡単に壊れるものだったのか。そして食べ物だったのか。
 その答えは――断じて否だ。壊れるかどうかは力にもよるだろうが、少なくとも食べ物ではないことだけは確かである。
 何かのテレビ番組で『怪奇・石喰い男!』とかいう特集があったようななかったような。同じ番組で硬い瓦を何枚も重ねて割っている人も出ていた。確か『脅威の鉄拳・瓦二十枚一挙破砕に挑む!』等と煽り文句をつけられていたはずだ。
 では水晶を素手で砕いて、あまつさえ飲み込んだランサーはそんなある種人間外の類なのか。ひょっとして焼けた岩とかも食べれちゃうんだろうか。

 暴走しだした思考の渦にが陥る中、今まで無言を決め込んでいた男が口を開いた。

「…成る程な。お前から感じた魔力はあれが原因か」
「――えっ?」
「内に溜め込んだ魔力をあれに移し変えたのだろう? いつもよりも早くその姿に戻れたのもそれ故だ。違うか」
「う、うん。そうだけど…」

 少女の回答に、ギルガメッシュはくつくつと笑っているようだった。

「あの狗には少々勿体無いものだが…なかなかに面白い芸が出来るようになったものだな、
「芸って… あっ、ギル様、ランサーはイヌなんかじゃないよ! そんな事言っちゃダメ!」
「狗を狗と言って何が悪い。使いもろくに出来ぬ駄犬ではないか」

 はっ、と心底から蔑む目でギルガメッシュは言葉を吐き出す。
 それにむうっ、と頬を膨らませながら、は端とあることに気付いた。

「――使いって、ギル様はランサーがお外で何をしてるのか知ってるの?」
「…ほう。良い洞察力だ」

 小首を傾げる少女に、僅かに片方の眉を撥ねて応える。どうやらの問いかけは正しいものだったらしい。
 ランサー本人は答えるつもりがない。言峰に尋ねれば、恐らくはいつものように回りくどく告げられるだろう。
 残るは――目の前の男に他ならなかった。素直に教えてもらえそうにもないが、どうやら食事前とは違い今は機嫌が良さそうだ。尋ねるだけ尋ねてもいいだろう。

「教えて、ギル様。ランサーは何をしているの?」
「ふむ…まあ良かろう。今の我は寛大だ。
 聖杯戦争の幕が上がった――ただそれだけよ」

 言うと、ギルガメッシュは席を立った。それ以上なにも言わず、食堂から去ってゆく。

 ――聖杯戦争。

 聞きなれぬ言葉だった。
 戦争、という単語が使われているからだろうか? それは酷く禍々しいものに感じられる。その戦争とやらでランサーが怪我をした、というのならばその直感は間違っていないようにも思う。

 …それは一体いつまで続くのだろうか。またランサーは怪我をしてしまうのか。ランサーだけではない。言峰やギルガメッシュも巻き込まれる事はないのだろうか。

 自身の内部から、じくじくと何かが浸食してくるように――不安が次から次へと沸き起こってきていた。
 ランサーは少女には関係ないと言った。どんな関係かは知らないが、それが無性に腹立たしいように思える。
 更けてゆく夜の中、はぎゅうっと堪えるように拳を強く握り締めた。
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