Seventh Heaven

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Interlude 6-1

 聖杯戦争は夜に花開く。

 人目を好まぬ魔術師達は、日が沈み夜が進み街が眠りにつき始めて、よりその行動を活発化させるからだ。
 それは彼らとて例外ではない。日中もそれなりにその手腕を振るってはいるが、夜ともなればさらに思惑を実体化させている。今日も今日とて、自室にて神父は己の手駒に指示を与えていた。
 それらにヘイヘイと返事半分に頷きながら、ふとサーヴァントは浮かび上がってきた疑問を口にした。

「――なあ、マスター。アンタ、聖杯に何を望むってんだよ」
「…ほう、何故今更それを訊く」

 もっともな台詞にひょいとランサーは肩を竦めた。

「別に。気紛れだ。
 横槍入れてまで二度目のマスター権を手に入れたからには、それなりのモンもってんだろ」
「そうだな… 私とて願いの一つくらいはある。
 だが、それは聖杯に願わずともよいような他愛のないものに過ぎん」
「……ッ」

 淡白な物言いに、思わず槍を握る手に力が篭る。
 その程度の望みのため、この闘争に無理矢理参加したのか――と、怒鳴りつけたくなったがギリと奥歯を砕けんばかりに噛み締めることでどうにか堪えきった。
 険しい表情の槍兵に、神父はどこか微笑みにも似た表情を浮かべながら逆に問い返す。

「そういうお前にも願いがあるのだろう? 願いと引き換えに英霊は主従の盟約を交わすのだからな」
「はっ、オレはただ満足できるような戦いが出来ればそれで十分だ。この聖杯戦争はうってつけの場所…だったはずなんだが」
「――」

 あからさまに溜息をつく。しかし神父は眉根一つすら動かす事はなかった。

 ランサーがこの戦争に召喚された当初のマスター――名をバゼット=フラガ=マクレミッツ。
 彼女と共にあればその願いは存分に叶えられただろう。彼女は力があり、強情な面があり、そのくせ矛盾を抱え込んでいる――ランサーにとっては実に『イイ』女で――自身にその手の運がないことを実に苦々しく思う。
 しかし――今更終結してしまった出来事を覆す事は不可能だ。経緯はどうあれ彼女は敗れ、令呪を無くし、そしてそれによってランサーは理不尽な命に従わざるをえなくなった。忌々しいがこの事実は変わらない。
 英雄とは常に理不尽な命によって振り回され続ける、ということを今更ながらに歯痒く思うが、それを超える力があるからこその《英雄》という称号なのだろう。
 ガリガリと、自分の頭部を引っ掻き回しながらランサーは言葉を続けた。

「だがまあ、テメェに望みがないなら話は早い。万が一、聖杯をこの手に出来るようならテメェの分は勘定に入れなくてもいいようだからな」
「ふむ… どういう風の吹き回しだ?」
「さあてね。ちょっとしたお節介を焼いているだけだ」

 フン、と鼻を鳴らす。少女と今朝方交わした《誓約》はそういった類のものだ。
 あの幼子は自身の力以上の目標を立て、ガンとした決意を固めている。英雄王へ喧嘩を真正面から売ろうだなんて、実に無謀で素晴らしい。
 納得できないことに抗おうとする彼女の姿勢はランサーも高く評価している。総じてその手のタイプは長生きできないと経験則で判っているので、ついついいらぬ手出しをしてしまっただけだ。
 今ののまま育てば、まず間違いなくイイ女になる。それを実際に見る事は恐らく叶わないことだろうが、可能性はそのままに保持させたいと思うのが男として当然であろうと思う。面倒事ばかりの周囲で、一つくらい未来を期待できるものがあってもいいではないか。
 しかし、この話題でいつまでも引っ張られてもどうしようもない。脇道から復帰させるべく、ランサーは本題を主人へと切り出した。

「――で、今日は何処の偵察だ?」
「柳洞寺だ」
「ハァ?!」

 言峰の言葉に、思わず素っ頓狂な声を槍兵は上げる。
 柳洞寺はどこぞのサーヴァントが根城にしていたらしく、ランサーも幾度か調査に出向いたことがある。その際に妙な門番と刃を合わせたこともあったが――

「あそこはこの間金ぴかが潰してきたとか言ってなかったか?」
「ああ、そうだ。しかし…どうも様子がおかしい。
 現時点では他のマスターの動向に表立ったところもないのでな。念には念を入れておこうということだ」

 そう、柳洞寺は先日ギルガメッシュが壊滅状態に追い込んだ。言峰からもそのように聴いていたし――何より、英雄王本人がそういっているのを耳にしている。
 あの夜、ギルガメッシュは酷く上機嫌で、言峰より指令を受けて幽体状態で退室を促されたの監視をしていたランサーにも気付かなかった――ひょっとすれば、気付いていてああしていたという可能性もあるが――ほどだ。
 蔵を開けたともその際に言っていたから、大方例の反則技で串刺しにした後に止めをさす必要もないと思い込んだのだろう。
 確かにアレは強力だ。しかし、何事にも例外は存在するということを失念しているに違いあるまい、あの慢心王は。
 そう心中で毒づいて、ランサーは派手に舌打ちをした。

「――チッ。判った。今晩はそこだけか?」
「ああ。間桐にはギルガメッシュを向かわせている」

 間桐――マキリの魔術師は未だに表立った行動を取っていない。こちらにも偵察に出向いたこともあるが、他サーヴァントの気配もなく、空気は静かに停滞していた。
 それが逆に不穏さとなりランサーの第六感に働きかけてくるのだが、そこは衰退したとはいえ聖杯設置の一角を担った魔術師の家系。下手に蜂の巣を突付いて警戒を強められては敵わない。
 遠坂・間桐・アインツベルン――魔術協会絡みを片付けた今、もっとも警戒すべきはこの始まりの三家だろうが、未だマスターとサーヴァントの確認の取れていない間桐を注視するという言峰の判断は間違いではなかろう。
 ふう、と溜息に似た息をつく。従僕は主人の命に従うまでだ。

「了解っと。適当に見回ってくる」

 言うが早いか、ランサーの姿が朧になる。気配の残滓も次の瞬間には部屋を飛び出し、壁を無視して夜の空へと駆け出していった。
 それを無言で見送った部屋の主は、ソファーに身を沈めたまま皮肉気に誰へ言うでもなく呟く。

「――お節介か。大方絡みだろうが…」

 ランサーはを気に入っているようだったので、彼が積極的にその手を差し出すであろう者は彼女より他なかった。
 槍兵の言う『お節介』とやらがどの程度のものかまでは判らないが、それでも少女に出来る事などたかが知れている。

 ――いや、侮る事は出来ないかもしれない。言峰は思索を切り替える。
 昨晩が『この場に残る』と言ったときには、呼び声に魅入られたのかと思った。故に止める事などなかった。このまま囚われれば当初の思惑通りになるのだから。
 しかし彼女は太陽が昇る頃にはひょっこりと彼の前に顔を出し、閉ざしていた書庫の扉を開けてくれとせがんだ。
 何をするのだ、と訊ねれば『ギルガメッシュについて調べる』と確固たる口調で言った。あの時目に宿っていたものは、強い意志をもつものにしかない光だった。
 夕暮れが迫る頃、扉を閉めるべく書庫に出向くと少女は文献らをこれでもかと散らかした中、本を枕にするように床に突っ伏していた。身体を転がし表向きにして様子を窺えば、涎まで垂らしてすやすやと寝息を立てている。
 その様は、聖杯戦争や《棺》について知るよりも以前となんら変わっておらず――また風邪でもひかれて面倒事を増やすのも遺憾であると、言峰はを彼女の部屋へと運び込んだ。
 あの時に再び少女を《棺》へ収めても構わなかったのだが――そうするには惜しい、と僅かに感じた。

「……あの力、何処から来ているのか」

 異常成長をする身体と、そこに貯えられた常人とは一線を画した魔力量。その上魔術回路もない身であるというのに、あっさりと転移魔術を物にしてみせた才。これらは完全に魔術師のセオリーに当てはまっていない。

 をこの教会へと連れ出す際、その背景はリサーチしている。
 特に何の変哲もない一般家庭に生まれ、その直後に運悪く両親は事故死。親の顔を知らぬままに施設で育ったただの子供。施設内でも特に目立った行動を取るわけでもなく、淡々と命を消化しているだけだった。
 だからこそ突然変異による特異体質だと判断した。魔術とはなんら関係のない生を送るはずだったが、奇しくも言峰がかかわることによって魔と関わり、刺激を受け――能力が発現したのだろう。
 良くも悪くもこの教会の敷地は霊地であり、強い魔力が存在する。加えて、サーヴァントなどという霊的存在が二体もいる。思春期の頃はそういった気配に敏感で、様々な事例からも影響を受け易い時期だという統計もある。

「調べてみる価値はある、か」

 く、と神父は口の端を歪めた。
 多くの謎を内包した少女――ともすれば、彼女が此度の聖杯戦争のジョーカーへと成り上がるやも知れない。可能性は何時でも何処でもその顔を覗かせる。
 なればそれを誰よりも把握することが必要だ。幸いにしてそのための材料はある。彼女の伸びた髪や爪、あれらを調査すれば何かしら掴めるだろう。思い立ったが吉日とばかりに、言峰は腰を上げる。
 …ふと、初めて逢った頃のの瞳を思い出した。
 全てにおいて無感動にしか世界を映していなかった当時のガラスのような瞳など、いまや完全にその影もない。それに惹かれてあの場より連れ出した者としては――実に惜しい。そう思った。

 ――聖杯戦争は夜に華啓く。
 今宵もまた、役者達は舞台の上で筋書きのない戯曲を演じるように蠢いていた。

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